2018-07

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Artist(English)

ドック・オブ・ザ・ベイ(Sitting On The Dock Of The Bay)~Otis Redding

ソウルの王道中の王道を歩んだ人物が、その予期せぬ死の直前に熱唱型からガラリと姿を変え、日なが海を見つめている歌をうたうという、事故の3日前に録音されオーティス最大のヒットとなった異例の内容を持つソウルである。これが、とても胸に染みる。
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(2/2ページ)ドック・オブ・ザ・ベイ(Sitting On The Dock Of The Bay)~Otis Redding

共作者としても優れた作品を書いたスティーブ・クロッパーの音楽性には、メロディやリフなどに南部のもう一方の文化、白人の伝統が活かされている。白人であるクロッパーもダンも黒人街へやってきて、ミュージシャンとして意見をぶつけた。このような「人間」としての交流の成果が、オーティス・レディングのソウルだった。
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ホワッド・アイ・セイ(What’d I Say)~Ray Charles

ダンスパーティで余った時間を埋めるために演奏したのが始まり。ほぼ一つのリフだけが繰り返され、それをレイが艶やかに装飾し、喘ぎ声のやり取りが繰り返されるクライマックスで、女性コーラスがオーガズムへと導く。これはゴスペルの手法を導入したもの。
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アイ・ガット・ア・ウーマン(I Got A Woman)~Ray Charles

レイ・チャールズが神聖なゴスペルを俗世の恍惚の叫びへと変貌させた当初、彼は聖職者から激しい批判を受けた。だが、いったん表舞台に出た音楽は、公民権運動と歩調をあわせ、その成功は人種差別撤廃に向けて大いなる歩みを反映し、その人気は社会変化のイメージをそのまま写しだすまでになった。
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旅立てジャック(Hit The Road Jack)~Percy Mayfield,Ray Charles

「出ていって、ジャック!もう二度と戻ってこないで!」と女が言い、ダメ男ジャックがウダウダ言い訳をするというのがレイと女性コーラスの掛け合いの内容。オリジナルはパーシー・Mが60年に作り自ら歌ったもので、これをレイがカバーしたものがヒットした。
A--E(T)

愛なき世界(A World Without Love)~Peter & Gordon

当時のビートルズは飛ぶ鳥を落とす勢いで、ボツの曲は気前よく他のアーティストに提供していた。「愛なき世界」も他の人に歌わせることになり1番目に断られ、デビューを控えていた彼らの所へ転がり込んだ。無かったサビの部分もポールに作ってもらい彼らはデビューし全米全英共No.1に
A--E(T)

青い影(A Whiter Shade Of Pale)~Procol Harum

クラシックやブルースの要素を色濃く取り入れた独特の作風で70年代プログレッシブ・ロックの先駆をなしたイギリスのバンド、プロコルハルムの67年のデビュー曲で、世界的な大ヒットを記録した。全米5位全英1位。バロック調で宗教的だが、その詞は客船で船旅をしている酔っ払ったカップルがテーマ。
A--E(T)

ビコーズ(Because)~The Dave Clark Five

イギリス国内で確固たる人気を確立したデイヴ・クラーク・ファイヴは64年3月には早くも渡米。イギリスよりもアメリカでの人気の方が高いバンドとして、デビュー当初のラウドで骨太なイメージが薄れ、元々持ち合わせていた甘く、ポップなメロディを強調するようになった頃の代表曲。
A--E

雨をみたかい(Have You Ever Seen The Rain)~Creedence Clearwater Revival

作者のジョンが後日はっきりと否定したが、ベトナム戦争のナパーム弾のことを歌ったと一般には信じられていた。そのため放送禁止になったことでも有名。CCRは1968年~72年の実動5年でありながら、ロックの世界に残した功績はあまりにも大きいアメリカのバンド。
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マンチェスターとリヴァプール(Manchester & Riverpool)~Pinky & Fellas

「恋は水色」で有名なアンドレ・ポップが作り、まずフランスの女優マリー・ラフォレにより66年に歌われてヒットした。その後68年にピンキーとフェラスによって別の歌詞で歌われ、日本で31万枚を売り上げチャート1位を5週間続けた。
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