2019-02

スポンサーリンク
A--E(T)

Do You Love Me(Dirty Dancing)~The Contours

モータウンの礎となった最初期のヒット・メイカーの中でも強烈なダンス・ナンバーで歴史に名を残したのがコントゥアーズ。特にこの曲はビリー・ゴードンのシャウトスタイルが見事にハマったダンス・ナンバー。87年の映画「 Dirty Dancing」で注目され、人気を復活させた。
A--E

Sweet Nothin’s~Brenda Lee

パンチの効いた歌い方は「ミス ダイナマイト」と呼ばれるに相応しい強烈な個性が魅力であった。60年から63年にかけては大ヒットを連発して、日本でもコニー・フランシスと双璧をなしていた。田代みどりがカバー盤を出している。
A--E

想い出のタンゴ(He’s Sure To Remember Me)~Brenda Lee

この曲に関してはネットで情報収集しても殆ど得るものはなかった。それほど知られていないということだが隠れた名曲。やや抑えながら歌い始め、最後に思い切り爆発していくような歌い方に、ブレンダ・リーならではのスリルを感じる。
A--E(T)

ブルーベリー・ヒル(Blueberry Hill)~Fats Domino

ファッツ・ドミノは49年のルイ・アームストロングを元にしたという。このカバーは彼最大のヒットとなり、世界中で500万枚以上のセールス。米国での彼の存在は日本と比べて大きく、23曲のミリオンセラーを持っている。彼が作曲家で、ブルース調ピアニストでもあったことは日本では知られていない。
A--E

愛の賛歌(If You Love Me”L’Hymne a l’amour)~Edith Piaf,Blenda Lee

エディット・ピアフが妻子を持つプロボクサーとの恋愛に終止符を打つ為に作詞。たとえ死が二人を引き離しても、愛するアナタと永遠に結ばれていたいというピアフの切実な気持ちが込められていた。日本では岩谷時子訳詞の「愛の讃歌」を歌った越路吹雪と演劇「愛の讃歌」を初演した美輪明宏が双璧。
Artist(English)

フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(Fly Me To The Moon)~Frank Sinatra

54年の原曲はタイトルは“In Other Words”であり、曲調も3拍子で、現在のアレンジとはかなり異なっていた。62年4拍子のボサノヴァ風に書き直した現在のアレンジが生まれた。こうしてシナトラが歌い爆発的ヒット。今やジャズのスタンダードナンバー。
A--E

恋心(L’amour C’est Pour Rien)~Enrico Macias

本来の歌詞はアルジェリア独立闘争の中で作られた、人間の「至上の愛」を歌ったものだが、日本語訳詩では男女の「恋」の歌にしてヒットした。<カバー>Alfred Hause、Fausto Papetti、Claude Ciari、岸洋子、越路吹雪、西田佐知子、<歌詞>
A--E

ネイビー・ブルー(Navy Blue)~Diane Renay

Dリネイは45年生まれ子供の頃から女優を目指しレッスンに明け暮れる。自分でデモテープを作り、売り込みをしていた。62年17歳の時2枚出したシングルはいずれも不発。63年の本作品が世界的大ヒット。日本では伊東ゆかり、伊藤アイコ、九重佑三子とパラキンがカバーし、ヒットパレードを賑わせた。
Artist(English)

トワイライト・タイム(Twilight Time)~The Three Suns,The Platters

この曲は46年にバック・ラム、スリー・サンズの3人のメンバーと計4人が作曲した。後にバック・ラムが詩をつけ、これをプラターズが歌い58年3月全米1位の大ヒットとなった。プラターズにとって56年の「マイ・プレイヤー」以降ビッグ・ヒットがなく、この曲が起死回生の1曲となった。
A--E

わかっているよ(Je Le Voie Sur Ton Visage)~Enrico Macias

最初に発売されたLP日本盤の邦訳では「話さなくても」となっていたが日本公演の直後に日本語で吹き込み、これが67年12月から翌春にかけて大ヒット。日本で大ヒットしたことからそれ以降フランス語盤の邦題も「わかっているよ」に変更された。
スポンサーリンク