愛なき世界(A World Without Love)|ピーター&ゴードン

A--E(T)
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グループ再結成

長らくピーターはご承知の通り超売れっ子プロデューサーであり、ソニーミュージック・エンターテインメントの副社長か何かまでしていて多忙であり、ゴードンは一時オーストラリアに住んでいたり、音楽出版の仕事等していたが近年はアメリカでカントリー系シンガーとして活動していたが、2005年に再結成となった。彼らは「再結成していないブリティッシュ・インヴェイジョン最後の大物」として長らくファンに期待されていた。復活に寄せ、ポール・マッカートニーが祝辞をよせている。

きっかけはThe Dave Clark Fiveのリード・シンガー、マイク・スミスのトリビュートコンサートだった。

再結成後の08年の映像

Peter & Gordon "World Without Love"

ゴードンの死後アップされたヒット当時の映像だが意外に鮮明

Peter & Gordon (June 4, 1945 – July 17, 2009) A World Without Love 1964

Paul McCartneyのデモテープ(音質不良)

A World Without Love – Home Demo by Paul McCartney

デル・シャノンのカバー

A World Without Love DEL SHANNON
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解散後のピーター・アッシャーの活動

ピーター&ゴードンは1967年に解散したが、その後アッシャーはビートルズが設立したアップル・レコードのプロデューサーとして雇われることになる。

かつてピーター&ゴードンがアメリカ・ツアーを行った際にバッキングを務めたグループがキング・ビーズだった。キング・ビーズのギタリストであるダニー・コーチマーとアッシャーはそれ以来友人となっていた。アッシャーはアップルのプロデューサーに就任した後、コーチマーに「いい新人はいないか」と紹介を頼み、コーチマーが推薦したのが、彼の旧友であるジェイムズ・テイラーだった。

アッシャーに気に入られたテイラーは1968年にニューヨークからロンドンに渡り、彼のプロデュースでデビュー作『James Taylor』を録音した。しかし、このアルバムが発売される頃にはポール・マッカートニーとジェイン・アッシャーの関係が破局した為、ポールとピーターの仲も険悪になり、ピーターはアップルにおいて仕事がしにくい立場になってしまう。アップルの社内のごたごた等もあり、アルバムのプロモーションも十分にされずに、このアルバムのセールスは不調に終わった。

テイラーの可能性を信じていたアッシャーは1970年にアップルを退社。テイラーと共にロサンゼルスへと移った。アッシャーはテイラーをワーナー・ブラザーズと契約させることに成功、再デビュー作として『Sweet Baby James』を制作。

そこではニューヨークからロサンゼルスに拠点を移していたダニー・コーチマーや、その友人であるキャロル・キングが協力している。イギリスでのデビューの不振が嘘のようにこのアルバムは大成功を収め、“シンガー・ソングライター時代”を到来させる。

続いてアッシャーは1973年にリンダ・ロンシュタットのマネージャーも担当するようになり、彼女を“ロスの歌姫”から“アメリカの歌姫”へと育てる。

テイラーとロンシュタットの作品をプロデュースするかたわら、その周辺人脈であるダニー・コーチマー、J.D.サウザー、アンドリュー・ゴールドといった人達のプロデュースも手がけた。

アッシャーはプロデューサーとは言っても、編曲やエンジニアを担当するわけではなく、その役割は基本的にはマネージャーとしてミュージシャンやスタッフやスタジオをブッキングし、レコード会社との間の予算折衝を行い、レコーディングのスケジュール管理を行うというものであった。

だから明確な“ピーター・アッシャーの音”というものはないが、ミュージシャンやスタッフの選定には彼の音楽に対する好みが自然と反映された。

彼の好みのサウンドというのは、表面的には洗練されたくっきりとした音ということになる。リンダ・ロンシュタットがカントリー色を脱却したのがその好例。

ピーター・アッシャーの存在がなかったなら、ロサンゼルスの音楽シーンはカントリー・ロックやスワンプ・ロックの勢力が強い時代がまだまだ続いたはずであった。

彼の望む音がもっとも顕著に表れているのはエンジニアのヴァル・ギャレイと共に作り上げた作品群であろう。

1980年代には自身のマネジメント会社にエンジニア/プロデューサーを抱えるようになり、ジェイムズ・テイラーやリンダ・ロンシュタットの作品は彼らに任せることが多くなったが、その分アッシャーは若手アーティストの作品に積極的に関わるようになった。

1990年代にはソニー・ミュージック・エンタテイメントの重役となり、ニール・ダイアモンドやバーブラ・ストライザンドといった同社の大御所たちのプロデュースを担当。

更にイギリスの大手マネジメント会社であるサンクチュアリのアメリカ支社の役員になったり、アメリカの著作権協会の理事に就任するなど、ますます活動の幅を広げている。

アメリカでは、自身は音楽家ではないけれども、音楽制作に携わるスタッフのことを“レコード・マン”と呼ぶが、今やピーター・アッシャーはアメリカを代表するレコード・マンのひとりとなった。

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<歌詞>

Please lock me away
And don’t allow the day
Here inside, where I hide with my loneliness
I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

Birds sing out of tune
And rain clouds hide the moon
I’m OK, here I stay with my loneliness
I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

So I wait, and in a while
I will see my true love smile
She may come, I know not when
When she does, I’ll lose
So baby until then

Lock me away
And don’t allow the day
Here inside, where I hide with my loneliness
I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

(Please lock me away)
(And don’t allow the day)
(Here inside, where I hide with my loneliness)
I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

So I wait, and in a while
I will see my true love smile
She may come, I know not when
When she does, I’ll lose
So baby until then

Lock me away
And don’t allow the day
Here inside, where I hide with my loneliness
I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

I don’t care what they say, I won’t stay
In a world without love

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