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ボビーに首ったけ(Bobby’s Girl)~Marcie Blane

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はじめに

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 アメリカで62年秋にマイナーなレコード会社から発売され全米3位までいったマーシー・ブレーン(Marcie Blane)の曲。作詞作曲ハンク・ホフマン&ゲイリー・クライン(Hoffman & Klein)。原題は「Bobby’s Girl」

 日本では63年に発売されるや多くのカバーが出た。

1962年後半アメリカで活躍していた女性シンガー

 コニー・フランシス、ブレンダ・リーを別格として、リトル・エヴァ、ディー・ディー・シャープ、ケティ・レスター、ザ・マーヴェレッツ、ザ・シャールス、メリー・ウェルス、ザ・クリスタルズ等殆どがリズム&ブルース系で白人女性シンガーで目立った存在というと、シェリー・フェブレー、ジョニー・ソマーズぐらいのものだった。

 ところが暮も近くなった頃、突如素晴らしい白人ハイティーン・シンガーが現われた。それがマーシー・ブレーンである。



マーシー・ブレーンのプロフィール

 ブルックリン出身で1945年5月21日ニューヨーク・ブルックリン生まれの彼女はクイーンズの高校在学中は学校のオーケストラでバイオリンを弾き、吹奏楽団ではフルートを吹き、更にチアリーダーも務め、普段は大好きな歌で家族や友人たちを楽しませる、という絵にかいたような優等生だった。

 彼女の一家は皆そろって音楽好きであり、特に父親は長い間プロとしてニューヨークでも一流のナイトクラブや劇場で活躍した人だった。

 当時は既にプロの世界からは引退し、ニューヨークにあるハイスクールの音楽の先生としてオーケストラの指揮をしたり、音楽理論を多くの音楽家の卵に教えたりしていた。

 しかしこんな環境にありながら彼女はプロの歌い手になろうとは全く考えたことも無かった。

 卒業間近だった62年夏、ソングライターの卵の友人の頼みで曲の売り込みのためデモテープを吹き込み、レコード会社に送った。有名なタレントスカウトであり、レコードのプロデューサーでもあるマーヴ・ホルッマンにその才能を認められ、レコード会社は作品よりも彼女の歌声に興味を持ち、すぐさまレコード契約を締結。最初のレコード・セッションに用意されたのがこの「ボビーに首ったけ」だった。

 そのセヴィル・レコードから1962年にリリースし、同年10月20日付87位に初チャートインし、12月1日には最高位全米3位になる華々しいデビューを飾った。

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 結局3週間3位を保ったが、この時の1位は「フォー・シーズンズ」の「Big Girls Don’t Cry」、2位はエルヴィスの「Return To Sender」であった。

 ハンク・ホフマン&ゲイリー・クラインという二人のソングライターによって書かれたこの曲では少女が大人の女性に成長していく微妙な時期(コーラスでは”君はもう子供じゃないんだよ”というフレーズが繰り返されている)の恋心が朗らかに歌われており、サビの「ボビーの彼女になりたいのっ!」というキャッチーなメロディが一瞬にしてリスナーの耳をとらえてヒットチャートを急上昇。

 ”ガールポップ黄金期”にマーシー・ブレーンは突如としてスターになったが、実はこの時期彼女はカウンセリングの勉強のためサマー・キャンプに出かけており、暫く世の中の騒ぎに気づかぬままその夏を過ごしていたという。

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二匹目のドジョウを狙ったが

 この大ヒットを受け、レコード会社は秋にはセカンド・シングルを企画し、リリースされたのがやはりホフマン&クライン作の「夢見る片想い(What Does A Girl Do?)」。

 陽気なポップスでそれなりの魅力はあったが、これが最高82位とセールス的に惨敗。慌てたレコード会社はソングライターを交替して63年に入り「Little Miss Fool」「You Gave My Number To Billy」と立て続けにシングルを出したが、作品がキャッチーさが欠けていたことがネックになってチャートインに失敗した。

 そうこうしているうちに時は1964年、音楽界はビートルズ旋風が吹き荒れ、彼女は他のガールシンガーたちと共にヒットパレードから姿を消した。

 結局1965年まで7枚のシングルをリリースしたが、そのままフェード・アウトしてしまった。

あっさり芸能活動から引退

 彼女自身はこの成り行きをあまり気にしていなかったようで、アイドル活動の傍ら地元の大学で音楽を専攻(同窓にポール・サイモンやキャロル・キング、マービン・ハムリッシュらがいた)、卒業後はすぐに結婚して家庭に入り、以降きっぱりと芸能活動から足を洗った。



オリジナル

Marcie Blane(マーシー・ブレーン)

Marcie Blane – Bobby's Girl (1962) HQ

カバーセレクション

TRACEY ULLMAN

1959年生まれの英国出身の女優・歌手。現在は米国で活動中。




Susan Maughan(スーザン・モーン)

 スーザン・モーンは1942年イギリス生まれの歌手。幼い頃は父の弾くピアノの音を聴きながら育った。両親が離婚後は母親の下で育てられた。学校を卒業後はタイピストをしていたが、オーディションに受かって歌手の道に入った。ビートルズが出演した音楽映画「ポップギア」に出演して歌ったりしていた。そんな時、この「ボビーに首ったけ」のカバーをイギリスで大ヒットさせた。

 マーシー・ブレーンが全米3位を獲得したのと偶然全く同じ日の、1962年12月1日付けで全英3位を獲得している。イギリスの妖精。

Susan Maughan – Bobby's Girl

Bobby Rydell

Bobby Rydell Bobby's girl

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Kay Barry

Kay Barry – Bobby's Girl

Jade

音源がアップされていないが、ジャケット写真のみ

邦題を「ダニーに首ったけ」と変更している。これもジャケット写真のみ。

ファンファーレ

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日本語カバー

後藤久美子

後藤久美子 ボビーに首ったけ 1963 / Bobby's Girl

伊東ゆかり

伊東ゆかり ボビーに首ったけ 1963 / I Wanna Bobby's Girl



倉田まり子

ボビーに首ったけ 倉田まり子

梅木マリ

梅木マリ ボビーズ・ガール 1963 / Bobby's Girl

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<歌詞>

(You’re not a kid anymore)
(You’re not a kid anymore)

When people ask of me
What would you like to be
Now that your not a kid anymore
(You’re not a kid anymore)

I know just what to say
I answer right away
There’s just one thing
I’ve been wishing for…

I want to be Bobby’s girl
I want to be Bobby’s girl
That’s the most important thing to me…

And if I was Bobby’s girl
If I was Bobby’s girl
What a faithful, thankful girl I’d be

Each night I sit at home
Hoping that he will phone
But I know Bobby has someone else
(You’re not a kid anymore)

Still in my heart I pray
There soon will come the day
When I will have him all to myself…

I want to be Bobby’s girl
I want to be Bobby’s girl
That’s the most important thing to me…

And if I was Bobby’s girl
If I was Bobby’s girl
What a faithful, thankful girl I’d be
What a faithful, thankful girl I’d be

I want to be Bobby’s girl
I want to be Bobby’s girl
I want to be Bobby’s girl

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