ヒストリー

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【邦題は誤訳?】誰かが誰かを愛してる|ディーン・マーティン

ディーン・マーティンは17年生まれのイタリア系アメリカ人。ジェリー・ルイスとの「底抜けコンビ」で人気俳優でもあった。NBCで65年から78年まで毎週ディ-ン・マーティン・ショーのホストを務めた。同じイタリア系のフランク・シナトラとの関係でシナトラ一家とも呼ばれた。
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フィーバー|リトル・ウィリー・ジョン|ペギー・リー|マッコイズ

リトル・ウィリー・ジョンの55年のヒットがオリジナル。その後大物が続々この曲をカバーし、中でも58年ペギー・リーのミリオンセラーが有名。他にプレスリーをはじめジョージ・チャキリス、ヘレン・シャピロ、サラ・ボーンと続き、65年マッコイズがヒット。
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【隠れた名曲】ハング・オン・スルーピー|マッコイズ(The McCoys)

ベースの印象的なイントロのリック・デリンジャーが在籍していたマッコイズ65年全米1位。この曲は「Twist And Shout」を書いたバート・ラッセルのソウルフルな作品。元はカナダのリトル・シーザーとコンサルのオリジナルでヒットしたもの。
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【映画の主題歌】恋のパームスプリングス|トロイ・ドナヒュー

50年代後半から60年代前半まで青春スターとして活躍した甘いマスクのドナヒューはワーナーのドル箱スターだった。サンドラ・ディーと共演した「避暑地の出来事」や、コニー・スティーブンスと共演した「二十歳の火遊び」ではその爽やかな魅力から一躍人気スターとなった。
A--E

ダイナマイト(Dynamite)|クリフリチャード(Cliff Richard)

米国では売れなかったが英国と日本では何故かヒットした。特に日本で2回目の発売となった65年のB面にレイ・チャールスの名作「ホワッド・アイ・セイ」をカップリングしたシングルは大ヒットした。クリフには珍しいストレートなロック・ナンバー。
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【印象的なイントロ】リトルダーリン|ダイヤモンズ(The Diamonnds)

イントロの歌い出しで「ヤ~、ヤーヤーヤヤ~」というファルセットで始まる所がとても印象的でコミカルな曲。軽快な曲調に加えて愉快なパフォーマンスが受けて大ヒットとなった。この曲のオリジナルは57年に全米11位になったThe Gladiolasであった。
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【TVドラマ「バラ色の人生」】私の孤独|ジョルジュムスタキ

日本でもヒットした「私の孤独」の原題は「Ma Solitude」で66年発表。74年の連続TVドラマ、木下恵介アワー「バラ色の人生」全編で流れ、日本でもファンが多い。ジョルジュ・ムスタキは20代前半にエディット・ピアフの恋人であったことでも知られる。歌詞および訳詞付。
A--E(T)

【「ヘアー」の2曲を合体】輝く星座|フィフスディメンション

69年ブロ-ドウェイ・ミュージカル「ヘアー」を観たメンバーはミュージカルの中で歌われていた「アクエリアス」に感動し「ヘアー」のもう一曲「レット・ザ・サンシャイン・イン」を合わせて一曲にしてレコーディングした。そして初の全米1位となった他グラミー賞2部門獲得という代表曲となった。原題は「Aquarius~Let The Sunshine In」。歌詞付き
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ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)|グループの歴史

ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)のデビューからの歴史。結成時のメンバー編成から当時のリーダーの不慮の死、さらにはメンバーの不祥事などいくつもの困難を乗り越えてロックのトップを走り続けるグループの横顔。
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オーティス・レディング(Otis Redding)|音楽人生のあゆみ

1950年代R&Bの盛んな街メイコンで育ったオーティスは町ののど自慢コンテストに出れば必ず優勝した。白人のウォルデン兄弟はオーティスのライブを見て衝撃を受け、意気投合した。1962年10月スタックス・レコードでデビュー曲「These Arms of Mine」がヒット。
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