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浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)~Billy Vaughn

ビリー・ボーンの曲は基本的にカバー曲であるが、この曲も元は37年ビング・クロスビーがヒットさせた。両者を聴き比べてもすぐには同一曲とわからないほどビリー・ボーンのアレンジが素晴らしい。57年にリリースしたこの曲は58年に全米5位のヒットとなった。
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ホリデイ(Holiday)~Bee Gees

ビージーズがブレイクする70年代の少し前の67年ににヒットした。青春の憂いとでもいうべき感情を歌ったビージーズ初期の名作。ヴォーカルの透明感と輝きが哀愁を帯びたメロディとマッチして見事なバラードに仕上がっている。歌の意味が不明ということでも有名。
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ラ・ノビア(La Novia)~Antonio Prieto

ホアキン・プリエートが作詞作曲し、彼の弟で歌手兼俳優のアントニオ・プリエートが61年にスペイン語で歌ってヒットさせた。その後イタリアに伝わりトニー・ダララ等で大ヒット。日本ではいち早くブラジルからみやげ曲として持ち帰ったペギー葉山等により大ヒットとなった。
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ラストワルツ(The Last Waltz)~Engelbert Humperdinck

「キング・オブ・ロマンス」と称される魅惑のベルベット・ヴォイスの持ち主で女性を中心に絶大な人気を誇ったエンゲルベルト・フンパーディンクの歌で67年に全英1位、全米25位。失恋した男性が彼女を忘れられず、最初の出会いでワルツを踊った思い出に浸り、その諦めきれない気持ちを、叙情的に歌い上げている。
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太陽を探せ(Keep Searchin’)~Del Shannon

61年から立て続けにヒットを連発していたシンガー・ソングライターのデル・シャノンだが、ビートルズ旋風によりやや人気に影を差し始めた65年のヒット曲「太陽を探せ」。覆面バンドのロイ・オービソンの後継と見られていた1990年2月に謎の自殺。
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ブルーレディに紅いバラ(Red Roses For A Blue Lady)~Vaughn Monroe,Bert Kaempfert

40年代から何度もヒットを重ね、65年には3つの競作がヒット。中でもベルト・ケンプフェルトのリバイバルヒットが決定版。歌の内容は“僕たちは些細なことで喧嘩してしまった。紅いバラの花が彼女の悲しみを消してくれるといいな”“結婚に持ち込めたら(白い)蘭の花を買いに来るよ”
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思い出のグリーングラス(Green,Green Grass of Home)~Curly Putman,Tom Jones

日本でも森山良子のカバーで大ヒットしたこの曲のオリジナルは死刑囚のことを歌っている。久しぶりの我が家に帰るために列車から降りたらパパとママが迎えに来て我が家の庭には昔遊んだ枝もそのままの木がある…心癒される場面は死刑囚の夢で執行官の足音が聞こえるという内容
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恋のほのお(Love Grows (Where My Rosemary Goes))~Edison Lighthouse

70年代初めにかけて10代向けの明るく軽く覚えやすいバブルガム・ミュージック。詞はノーテンキ、曲はキャッチー、作り方もスタジオ・ミュージシャンが集まって作り、一人のアーティストが複数の名を使い複数の架空のバンドでレコーディングするというものだった。
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マサチューセッツ((The Lights All Went Out In) Massachusetts)~Bee Gees

ビージーズはイギリス人3兄弟の男性グループ。63年にオーストラリアからデビュー、73年からは米国を中心に活動。この曲はヒッピーに憧れて田舎から来た若者が、クスリ等で乱れていた都会に失望し、田舎に帰って、昔の彼女と 「 普通の生活を送りたい 」 という心情を歌った。
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ムーン・リバー(Moon River)~Andy Williams

61年公開の映画「ティファニーで朝食を」の主題歌で歌ったのは主演女優のオードリー・ヘプバーン。同年のアカデミー歌曲賞の他、グラミー賞3部門を獲得。自分の声に嫌悪感を持ちレコード収録を拒否したオードリーに授賞式会場で歌う意志は無く、作曲者マンシーニはアンディーに代役を頼み、これが大喝采を浴びた。
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