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【原曲は伊の曲】この胸のときめきを|ダスティ・スプリングフィールド

サンレモ音楽祭に参加したダスティは、イタリア語がわからなかったにもかかわらず、この歌に涙を流すほど感動し、ソングライターの一人ピーノ・ドナッジョに是非レコーディングさせてほしいと申し出た。原詞をあまり気にしないで出来たのがこの曲の英語詞。出来上がった曲は翌日録音され1966年5月発売。
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【多国籍コミックソング】悲しき60才(ムスターファ)|坂本九

原曲の歌詞はアラビア語、フランス語、イタリア語の3か国語が入り混じった多国籍なもの。「ムスタファ)」の意味は、恐らく一人の男性の名前を表しているものと思われる。世界各国で『Ya Mustafa』はカバーされ、様々な言語のバージョンが存在する。日本では60年の坂本九盤がヒット。
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【日米共にヒットした最初の曲】カラーに口紅|コニー・フランシス

コニーにとり4枚目のゴールド・ディスク。日本ではカテリーナ・ヴァレンテ「情熱の花」と並ぶこの年の女性歌手ビッグヒット。 この曲が日本でのコニー最初のビッグ・ヒットとなり、続く日本語の「ボーイ・ハント」も大ヒットとなり、一気に日本でのアメリカンポップス女王の地位を獲得。
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【マニアックなスマッシュヒット】夜のデイト|コニー・フランシス

ちょっとマニアックなスマッシュヒットであった。コニー自身の日本語バージョンもあるが、森山加代子と金井克子のバージョンが出ていたことは知る人は少ない。英国の女性シンガーキャロル・ディーンのカバーも日本発売されているが、意外な掘り出し物。
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【全米トップ10最後の曲】ヴァケイション|コニー・フランシス

歌詞の中には「砂に書いたラブレター」の歌詞の一部や当時流行していたダンス「マッシュポテト」がちりばめられて、若者に受け入れられやすくなっている。日本では弘田三枝子、青山ミチ、伊東ゆかり、金井克子等多くのカバーが作られたが弘田三枝子盤が20万枚と大ヒット、青山ミチ盤が3万枚であった。
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想い出の冬休み|【オールディーズ・ポップスの女王】コニー・フランシス

この曲の歌詞の内容は「冬休みに、彼氏と出会って恋をして・・・」という乙女心を歌っている。健康的なお嬢さんが心の中で「さあ、恋をするわよ!」というような、願望を秘めたパワフルさを感じさせる。米国では現在もクリスマスソングの一つとして歌われている。
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【子供用の棒付キャンデー】ロリポップ・リップス|コニー・フランシス

全米トップ100に53曲も送り込んだコニーだが、この曲は米国でシングル発売もなく日本だけで独自のヒット。B面にカップリングされたのが皮肉にも出世作「Who's Sorry Now」だった。日本語カバーの」定番は九重佑三子&パラダイスキングのバージョン。
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【原曲は20年代の曲】ベビー・フェイス|ブライアン・ハイランド

元々は20年代の古い曲をブライアン・ハイランドがカバーしてヒットさせたもの。本国ではシングルカットもされていない。出世作60年の「ビキニスタイルのお嬢さん」に曲調がそっくりでコーラスはそっくりそのまま使ってるところが本国では不評の原因かも。日本では田代みどりの日本語盤が定番。
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【エリーゼのためにが原曲】情熱の花|カテリーナ・ヴァレンテ

ベートーヴェンの「エリーゼのために」をアレンジしてBボトキンらによって作られた。57年にアメリカのフラタニティ・ブラザーズが録音したがアメリカではヒットせず翌58年にイタリアで大ヒット。59年にフランス語でイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが歌い、これが日本でも大ヒット。
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【本邦公開時に上書きされた】夜霧のしのび逢い|クロード・チアリ

64年「ひとりぼっちの浜辺」というヒット曲をCチアリがカバーし、世界的ヒットとした。輸入された映画フィルムにはこのテーマ曲は影も形もなく、65年の公開時タイトルバックとエンディングにクロード・チアリの演奏をサウンド・トラックに貼り付け、「夜霧のしのびあい」という邦題でレコードがリリースされた。
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