F--J

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【ベースマンとの掛け合い】ミスター・ベースマン|ジョニー・シンバル

63年に全米16位だが日本では1位。シンガー・ソングライターのジョニー・シンバル自作自演。絶妙な掛け合いがこの曲の最大の魅力でそのアイデアのユニークさが光る。時間軸を凝縮した作詞のスタイルが新鮮であったため、日本でも大ヒットとなった。日本では九重佑三子(パラキン)盤が定番。
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【敵対部族男女の悲恋物語】悲しきインディアン|ジョニー・プレストン

「ウンバ、ウンバ」というインディアンの掛け声で始まるこの曲は部族が敵対するインディアンの若い男と若い娘の悲しい物語。69年にはソニー・ジェイムスが歌って再び全米1位を獲得。日本では森山加代子、ジェリー藤尾や平尾昌章などの競作となった。
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シェリー(Sherry)|【5曲が全米1位獲得】フォー・シーズンズ

フォー・シーズンズは2番目のシングルで代表曲「シェリー」の大ヒットを皮切りに3曲連続でビルボード1位を独占し、その後全米チャートを賑わせた曲の数は71曲。うち15曲がトップ10入り、さらに5曲が1位獲得。日本では63年にカバーした九重佑三子のボーカルでパラキンの日本語ヴァージョンの方がヒット。
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【送別の料理】ジャンバラヤ|【C&W界の巨人】ハンク・ウィリアムス

47~52年までわずか6年間の活動で数々の名作を発表したハンク・ウィリアムス。ハンク自身の作詞・作曲で、52年に自分のグループをバックに発表。同年ハンクの作品とコロムビアレコードのジョー・スタッフォードの作品でヒット。ハンク死後の58年にミリオンセラーを記録。
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【サンレモ音楽祭優勝曲】夢みる想い|ジリオラ・チンクエッティ

64年、16歳の時にサンレモ音楽祭で「夢みる想い」 を歌い優勝、ユーロビジョン1964 に同じ曲で臨み、イタリアからの出場者としては初の優勝。日本では、ボビー・ソロと共に本国イタリアを凌ぐ人気となり、日本語の録音も残している。また、伊東ゆかり、弘田三枝子などが彼女の曲をカヴァーしている。
A--E(T)

【世界的な名曲】アドロ(Adoro)|アルマンド・マンサネーロ

メキシコのピアニストでシンガー・ソングライターでもあるAマンサネーロの作品で、彼の自作自演盤が1967年末にヒット。フランスではロス・トレス・コンパドレスが唄って浸透し始め、Fプウルセル楽団の演奏で一気に世界的ヒットになっていた。題名のアドロは「熱愛する」という意味。
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ルイジアナママ|【オールディーズ御三家】ジーン・ピットニー

Gピットニーは「恋の痛手」、「リバティ・バランスを撃った男 」、「非情の町 」等、多数のヒットを持つ。日本では 「 ルイジアナ・ママ 」 の歌手としてのみ知られるが、当初はBヴィーへの 「 Rubber Ball 」、Rネルソンへの 「ハロー・メリー・ルー」 など、ソングライターとして成功を収めた。
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ステキなタイミング|【日本では坂本九が定番】ジミー・ジョーンズ

米国ジミー・ジョーンズがソロとして60年2枚目シングル「Good Timin’」が全米3位の大ヒット。当時の日本は坂本九達若者がポップスを日本語で歌うブームの勃興期。TV各局は競って同種番組を作りお茶の間の若者を夢中にさせていた。この曲もオリジナルは知らなくても坂本九で知った者が殆ど。
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【彼女の優美なしぐさを歌う】ポエトリー|ジョニー・ティロットソン

日本発売は少し遅れて64年。彼は日本語で日本独自のヒット曲をいくつも飛ばし、米国以上に日本での活躍が目立った。64年ころからはアメリカでもビートルズ旋風が起こりそれまでの明るく甘いジョニー・ティロットソンのようなアメリカン・ポップスは好まれなくなった。
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【元歌は大恐慌時代】500マイル|ピーター・ポール&マリー

大恐慌時代に故郷を離れた放浪者をホーボーと呼んだが、彼らの気持ちを歌にしたものが「900 Miles」として歌われてきた。「500マイル」はアメリカ各地の民謡を採譜して、その素材を基にヘディが作詞・作曲をした。この曲をカバーしたPPMとブラフォーの作品が大ヒット。
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