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【イスラエルのコーヒーCM曲】ナオミの夢|ヘドバとダビデ

イスラエル軍出身のデュオグループが第1回東京国際歌謡音楽祭に出場しグランプリを獲得。レコード会社が帰国直前の2人を引き止め、日本語の歌詞を覚えさせて1週間でレコーディング。これが大ヒットとなり、オリコンで71年4月から5月にかけ4週連続1位。ヘブライ語歌詞付。
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【マイ・ウェイ原曲】Comme d’habitude|クロード・フランソワ

クロード・フランソワが67年に作詞して歌った「マイ・ウェイ」の原曲。原詩はなんともサエない感じの尻に敷かれた寂しい夫の物語で恋人だったアイドル歌手フランス・ギャルとの破局から生まれた曲。デヴィッド・ボウイ、プレスリー、シド・ヴィシャスの異色カバー。
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【中年が歌う曲と全く違う原詩】マイ・ウェイ|フランク・シナトラ

67年のフランス語の歌にポール・アンカが原曲とは全く無関係な内容の英語の詩をつけてシナトラに贈ったのがこの曲。世界的なヒットとなり、カバーされた回数は史上2位。歌詞の内容は「年老いた老人が、病床の死の間際に自分の人生を振り返る歌」で邦訳とは全く異なる。
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【一目惚れからの一夜の恋】夜のストレンジャー|フランク・シナトラ

66年から始まったシナトラのカムバックを確固たるものにした全米1位。英国映画「ダイアモンド作戦」の主題歌としてベルト・ケンプフェルトが器楽曲の一部として書き、映画の中では自身の楽団演奏が使われた。66年5月に発売されたアルバムも1位。67年グラミー賞。
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キューティー・パイ(Cutie Pie)|ジョニー・ティロットソン

日本だけで63年にこの曲がヒットしたため、米国での60年の全米2位のヒット曲「Poetry In Motion」を邦題「ポエトリー」として64年になって発売し、これも日本でヒットした。日本語カバーもいくつか出ているが伊東ゆかり盤が代表的
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内気なジョニー|【実力派ジャズ歌手】ジョニー・ソマーズ

気弱な男の子を慕う女の子の心情と、ジョニー・ソマーズの可憐な歌声が相まって男心をくすぐるイントロが特に印象的な曲。日本発売は63年でその後映画「バイ・バイ・バーディー」が日本公開となり、挿入歌の「ワン・ボーイ」が伊東ゆかり他のカバーがTVでも盛んに流れた
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【ミュージカルの挿入歌】ワン・ボーイ|ジョニー・ソマーズ

10代の頃からテレビタレントとして活動し、59年大学時代にナイトクラブで歌っているところをスカウトされた。60年にファーストアルバムをリリース。同年6月ミュージカル「バイ・バイ・バーディ」の挿入歌「One Boy」でソロ・デビュー。
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サーフ・シティ(Surf City)|ジャン&ディーン

高校の友人でデュオを組んだのが58年、その後ディーンの兵役後59年に活動再開。ドゥーワップの影響が強いコーラスに重点を置いた曲作りは初期のビーチボーイズ等に影響を与え、交流の中でブライアン・ウィルソンに曲を依頼して生まれたのがこの曲。
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【映画挿入歌】サンライト・ツイスト|ジャンニ・モランディ

映画の主演は当時17歳のカトリーヌ・スパーク。歌ってるのは当時まだ新人で当時18才のジャンニ・モランディでこの曲も映画も大ヒットとなった。若者らしく乾いていてシャウト気味な歌い方も心地良い。イントロも印象的でツイストを踊りたくなるような雰囲気にさせてくれる。
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【月に行った最初の曲】フライミートゥーザムーン|フランクシナトラ

54年の原曲はタイトルは“In Other Words”であり、曲調も3拍子で、現在のアレンジとはかなり異なっていた。62年4拍子のボサノヴァ風に書き直した現在のアレンジが生まれた。こうしてシナトラが歌い爆発的ヒット。今やジャズのスタンダードナンバー。
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