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【全米1位再デビュー曲】ダイアナ(Diana)|ポール・アンカ

57年ABCパラマウントの製作部長だったドン・コスタのオーディションを受け即座にレコーディング契約。ベビーシッターだった3歳年上の女性への片思いを綴った自作自演の「ダイアナ」を発売すると、いきなり全米第1位のミリオン・セラーを記録し、弱冠16才で世界的スターとなる。
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【Nセダカソロ歌手デビュー曲】恋の日記|ニール・セダカ

この曲は元々他のグループに提供したものをセルフカバーしたものである。名実ともにシンガー・ソングライターとしての出発点となった曲。日本でもこのメロディは愛されて持ち歌にしていた歌手は数多かった。中でもハイ・ファイ・セット(山本潤子)が出色の出来栄え。
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【涙を隠しピエロを演じる男】悲しきクラウン|ニール・セダカ

全米では最高45位だったが日本では大ヒット。これも名コンビによる作品だが、珍しくちょっと自嘲的な楽曲。愛する女性に去られ、涙を隠してピエロを演じている自分を「道化の王様」と自嘲気味な男心を歌った失恋ソング。日本では伊東ゆかりが定番。
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【好きな小悪魔の彼女を天使にする】小さな悪魔|ニール・セダカ

作曲ニール・セダカ、作詞ハワード・グリーンフィールドのコンビ作品。好きになった小悪魔のような彼女を天使にするんだというような内容。日本では藤木孝、飯田久彦、斉藤チヤ子等がカバー。かなり後になってキャンディーズもカバー。
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【冒頭のスキャットが秀逸】可愛いあの娘|ニール・セダカ

62年にハワード・グリーンフィールドとニール・セダカの名コンビによる最後のヒット曲。全米5位にまでランクされた明るく楽しい楽曲なのだが、日本ではヒットしなかった。日本では印象的なスキャットがそのまま使われたザ・ダーツの「ケメ子の歌」がヒット。
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【幼馴染キャロル・キングに捧げた】おおキャロル|ニール・セダカ

タイトルの「キャロル」とは友人のシンガーソングライター 「 キャロル・キング 」ことであることは有名。二人はブルックリンの幼馴染で、学生時代に後輩のキャロルに捧げたもの。発表当時彼女は人妻であったばかりか彼女はこの曲に対して「オー・ニール」というアンサーソングを作った。
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【カマカマダンドゥビドゥダンダン】悲しき慕情|ニール・セダカ

ニール・セダカは60年代初頭と70年代半ばにキャリアのピークを二つ持っているが、そのそれぞれの時期に同じ曲を異なるアレンジで全米TOP10に送り込むという離れ業を達成している。ところが日本では彼の作品の中でも認知度が低く、むしろカーペンターズのカヴァーの方が知られている。
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【ラジオのチャリティから全米1位】ヘイ・ポーラ|ポール&ポーラ

当時大学生だったポールの住む下宿屋の主人の姪のポーラがラジオのチャリティショーに出るために誘われ、急造のペアで歌ったこの歌が地元のDJに気に入られレコーディングされた。発表後6週間の63年2月には全米第1位。日本では2組のカップルで競作となった。
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【エリーゼのためにが原曲】情熱の花|カテリーナ・ヴァレンテ

ベートーヴェンの「エリーゼのために」をアレンジしてBボトキンらによって作られた。57年にアメリカのフラタニティ・ブラザーズが録音したがアメリカではヒットせず翌58年にイタリアで大ヒット。59年にフランス語でイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが歌い、これが日本でも大ヒット。
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【36年のミュージカルが原曲】10番街の殺人|ザ・ベンチャーズ

アルバムチャートに24週連続でランクインし続けた「ノック・ミー・アウト」に収録され、シングル先行発売されたこの曲は64年10月に全米35位。65年の来日で日本に大エレキブームを巻き起こしたザ・ベンチャーズヒットの中でもこの名曲は36年初演ミュージカルをルーツとする。
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