あ行

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オーティス・レディング |【名盤アルバム】LIVE IN EUROPE

盛り上がりまくった絶頂の瞬間に、真の主役オーティス・レディング (Otis Redding) が登場する。この作品の冒頭の凄まじさというものを、誰しもが納得せざるを得ないに違いない。所属レーベルによるパッケージ・レヴューでオーティスはそのトリを勤めた。
A--E

【イントロ】恋の売り込み|【人気子役から歌手】エディ・ホッジス

59年アイズレー・ブラザーズのオリジナルを人気子役だった14歳のエディ・ホッジスが61年にカバーしてデビューし全米12位に。日本では伊東ゆかりのカバーが大ヒットし、東京事変も。イントロは印象的なドアのノック音とベルの音。歌詞と和訳 カバー曲の動画
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【多言語で歌い世界的ヒット】雪が降る|サルバトーレ・アダモ

越路吹雪がカヴァーした「サン・トワ・マミー」がヒットしていた67年にアダモが初来日公演し、相乗効果でアダモブームが起こった。63年に仏・ベルギーでヒットしたが日本では未知の曲「雪が降る」に、69年末安井かずみが日本語の歌詞をつけると大ヒット
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【日本は64年越路吹雪で火が付く】サン・トワ・マミー|アダモ

62年11月発表した「サン・トワ・マミー」が63年ベルギーで大ヒット。ベルギーの国民的歌手となる。詞はアダモ自身の少年時代の経験がベースになり、失恋しても諦められない気持ちが描かれている。日本では岩谷の詞で歌う越路吹雪で知った人が多い。
A--E

【映画・世界残酷物語の主題曲】モア|アンディ・ウィリアムス

映画が完成した後にタイトルがつけられたため、オリジナルサントラには『MORE』という表記は無い。イギリス公開時に音楽面からテコ入れという目的で曲名が後付けされた。独立した曲として最初に録音したダニー・ウィリアムス盤が大ヒット。その後続々とカバー盤が続いた。
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ゲーム・オブ・ラブ|ウェイン・フォンタナ&ザ・マインドベンダーズ

リーダーでボーカルのウェイン・フォンタナの英国グループが63年7月からレコードを出すも鳴かず飛ばずの状態であったが、65年に全米1位を獲得した。しかし後が続かずフォンタナは脱退してソロ活動し、残ったメンバーはその後も活動を続け人気グループ10CCへと発展
A--E(T)

悲しき願い(Don’t Let Me Be Misunderstood)|アニマルズ

歌手兼ピアニストのニーナ・シモンのために64年に作られた。その後いくつものバージョンが生まれたスタンダード・ナンバー。77年のサンタ・エスメラルダによるディスコ・アレンジのバージョンは78年HOT100の15位を獲得、映画「Kill Bill」でも使われた。
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【米国伝統的フォークを新解釈カバー】朝日のあたる家|アニマルズ

アメリカの伝統的なフォークソングをブルース的な解釈でカバーしたもので、主なものにアニマルズ・ボブディラン・フリジットピンクなどのバージョンがある。中でも定番のアニマルズ盤はエレキギターのアルペジオが印象的なロック・アレンジを施し「最初のフォーク・ロック」である。
A--E

【原曲はコルシカ語】思い出のソレンツァラ|エンリコ・マシアス

エンリコ・マシアスが原詩のコルシカ語から、サビの部分を残し、フランス語に訳して歌い、全仏ヒットから世界的な大ヒット。ソレンツァラはナポレオンが生まれたコルシカ島南東部にある観光地・漁港の地名。歌詞はソレンツァラでの出会い・別れ・再会の誓いが歌われており日本語詞に近い。
A--E

【ピアフの恋人事故死から生まれた】愛の賛歌|エディット・ピアフ

エディット・ピアフが妻子を持つプロボクサーとの恋愛に終止符を打つ為に作詞。たとえ死が二人を引き離しても、愛するアナタと永遠に結ばれていたいというピアフの切実な気持ちが込められていた。日本では岩谷時子訳詞の「愛の讃歌」を歌った越路吹雪と演劇「愛の讃歌」を初演した美輪明宏が双璧。
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