あ行

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悲しき願い(Don’t Let Me Be Misunderstood)|アニマルズ

歌手兼ピアニストのニーナ・シモンのために64年に作られた。その後いくつものバージョンが生まれたスタンダード・ナンバー。77年のサンタ・エスメラルダによるディスコ・アレンジのバージョンは78年HOT100の15位を獲得、映画「Kill Bill」でも使われた。
Artist(English)

【米伝統的フォークを新解釈カバー】朝日のあたる家|アニマルズ

アメリカの伝統的なフォークソングをブルース的な解釈でカバーしたもので、主なものにアニマルズ・ボブディラン・フリジットピンクなどのバージョンがある。中でも定番のアニマルズ盤はエレキギターのアルペジオが印象的なロック・アレンジを施し「最初のフォーク・ロック」である。
A--E

【原曲はコルシカ語】思い出のソレンツァラ|エンリコ・マシアス

エンリコ・マシアスが原詩のコルシカ語から、サビの部分を残し、フランス語に訳して歌い、全仏ヒットから世界的な大ヒット。ソレンツァラはナポレオンが生まれたコルシカ島南東部にある観光地・漁港の地名。歌詞はソレンツァラでの出会い・別れ・再会の誓いが歌われており日本語詞に近い。
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【ピアフの恋人事故死から生まれた】愛の賛歌|エディット・ピアフ

エディット・ピアフが妻子を持つプロボクサーとの恋愛に終止符を打つ為に作詞。たとえ死が二人を引き離しても、愛するアナタと永遠に結ばれていたいというピアフの切実な気持ちが込められていた。日本では岩谷時子訳詞の「愛の讃歌」を歌った越路吹雪と演劇「愛の讃歌」を初演した美輪明宏が双璧。
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【原曲では人間の「至上の愛」を歌う】恋心|エンリコ・マシアス

本来の歌詞はアルジェリア独立闘争の中で作られた、人間の「至上の愛」を歌ったものだが、日本語訳詩では男女の「恋」の歌にしてヒットした。<カバー>Alfred Hause、Fausto Papetti、Claude Ciari、岸洋子、越路吹雪、西田佐知子、<歌詞>邦訳
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わかっているよ|【アルジェリア生まれユダヤ人】エンリコ・マシアス

最初に発売されたLP日本盤の邦訳では「話さなくても」となっていたが日本公演の直後に日本語で吹き込み、これが67年12月から翌春にかけて大ヒット。日本で大ヒットしたことからそれ以降フランス語盤の邦題も「わかっているよ」に変更された。
Artist(English)

【66年サンレモ音楽祭入賞曲】花のささやき|ウィルマ・ゴイク

ウィルマ・ゴイクは45年10月北イタリアに生まれた。サンレモ音楽祭では65年「花咲く丘に涙して」、66年「花のささやき」、67年「ささやく瞳」と3年連続で入賞を果たし、いずれも日本でヒットした。65年にはボビー・ソロと一緒に、67年にはヤマハの世界歌謡祭出場で来日している。
A--E(T)

ブルー・ジーンと皮ジャンパー|【ベルギーの国民的歌手】アダモ

43年イタリアはシチリア島に生まれ、ベルギーの小さな町へ移住。62年にはこの曲をはじめヒット曲を連発してベルギーの人気歌手となった。日本では越路吹雪が日本語歌詞でカバーし、何曲も得意のレパートリーにしたことから相乗効果でアダモ人気は高まった。
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【英国より日本でヒット】ポケット・トランジスター|アルマ・コーガン

オリジナルはダニー・ジョーダンが歌ったもので、原題は「Just Couldn’t Resist Her With Her Pocket Transistor」 。これを英国の人気歌手アルマ・コーガンがカバーし、それが日本に伝わって大ヒットとなった。日本では多くの競作盤が作られ、森山加代子盤が定番となった。日本語カバー
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2万4千のキッス|アドリアーノチェレンターノ【日本では藤木孝】

サンレモでは作曲者アドリアーノ・チェレンターノとリトル・トニーによって歌われ2位に入賞。チェレンターノはイタリアのエルヴィス・プレスリーとかイタリアのロックンロール・キングと呼ばれている。日本では「ツイスト男」藤木孝がこの曲で一世風靡した。
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