あ行

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【原曲では人間の「至上の愛」を歌う】恋心|エンリコ・マシアス

本来の歌詞はアルジェリア独立闘争の中で作られた、人間の「至上の愛」を歌ったものだが、日本語訳詩では男女の「恋」の歌にしてヒットした。<カバー>Alfred Hause、Fausto Papetti、Claude Ciari、岸洋子、越路吹雪、西田佐知子、<歌詞>邦訳
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わかっているよ|【アルジェリア生まれユダヤ人】エンリコ・マシアス

最初に発売されたLP日本盤の邦訳では「話さなくても」となっていたが日本公演の直後に日本語で吹き込み、これが67年12月から翌春にかけて大ヒット。日本で大ヒットしたことからそれ以降フランス語盤の邦題も「わかっているよ」に変更された。
Artist(English)

【66年サンレモ音楽祭入賞曲】花のささやき|ウィルマ・ゴイク

ウィルマ・ゴイクは45年10月北イタリアに生まれた。サンレモ音楽祭では65年「花咲く丘に涙して」、66年「花のささやき」、67年「ささやく瞳」と3年連続で入賞を果たし、いずれも日本でヒットした。65年にはボビー・ソロと一緒に、67年にはヤマハの世界歌謡祭出場で来日している。
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ブルー・ジーンと皮ジャンパー|【ベルギーの国民的歌手】アダモ

43年イタリアはシチリア島に生まれ、ベルギーの小さな町へ移住。62年にはこの曲をはじめヒット曲を連発してベルギーの人気歌手となった。日本では越路吹雪が日本語歌詞でカバーし、何曲も得意のレパートリーにしたことから相乗効果でアダモ人気は高まった。
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【英国より日本でヒット】ポケット・トランジスター|アルマ・コーガン

オリジナルはダニー・ジョーダンが歌ったもので、原題は「Just Couldn’t Resist Her With Her Pocket Transistor」 。これを英国の人気歌手アルマ・コーガンがカバーし、それが日本に伝わって大ヒットとなった。日本では多くの競作盤が作られ、森山加代子盤が定番となった。日本語カバー
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2万4千のキッス|アドリアーノチェレンターノ【日本では藤木孝】

サンレモでは作曲者アドリアーノ・チェレンターノとリトル・トニーによって歌われ2位に入賞。チェレンターノはイタリアのエルヴィス・プレスリーとかイタリアのロックンロール・キングと呼ばれている。日本では「ツイスト男」藤木孝がこの曲で一世風靡した。
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【映画「恋愛専科」】アルディラ(Al Di La)|エミリオ・ペリコーリ

映画「恋愛専科」で使われ62年には全米6位の世界的なヒット。映画の中で歌ったエミリオ・ペリコーリに続きコニー・フランシスやトニー・ダララのカバーもヒット。中でも日本ではエミリオ・ペリコーリとトニー・ダララのバージョンが最も親しまれた。
Artist(English)

【日本だけ爆発的ヒット】孤独の太陽|ウォーカーブラザーズ

重厚なパイプオルガンの序奏からスコット・ウォーカーの憂いを帯びた声で始まるイントロが強烈な印象で何故か日本だけで66~67年にかけて大ヒットした。しかし実は彼らの66年11月発売に先立ち66年1月に黒人女性歌手Verdelle Smithがデビュー・シングルとしてこの曲を発売したのがオリジナルであった。
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【モーツアルト交響曲40番】愛よ永遠に|ウェルナー・ミューラー

昔からクラシック音楽をモチーフにしてポピュラー音楽を作るというのは行われてきた。「愛よ永遠に」もモーツアルト交響曲40番のサビの部分を使ったもので、いくつかの楽団のバージョンがある。どれが最も古いものか特定するのは困難なので、日本で有名ないくつかを紹介する。
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【不本意な結婚前の花嫁】ラ・ノビア|アントニオ・プリエート

ホアキン・プリエートが作詞作曲し、彼の弟で歌手兼俳優のアントニオ・プリエートが61年にスペイン語で歌ってヒットさせた。その後イタリアに伝わりトニー・ダララ等で大ヒット。日本ではいち早くブラジルからみやげ曲として持ち帰ったペギー葉山等により大ヒットとなった。
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