Artist(Japanese)

Artist(English)

フロム・ミー・トゥ・ユー(From Me To You)|The Beatles

ヘレン・シャピロのコンサート・ツアー一行を乗せた長距離バスの中で作られた。内容は愛の歌というよりファンに対する感謝の意味がある。ジョンのハーモニカをフィーチャーした初期ビートルズの典型的な作品。しかしステレオ・ミックスではハーモニカがカットされている。
A--E

アイゴートゥピーセス(I Go To Pieces)|ピーターとゴードン

元々はデル・シャノンがサーチャーズのために書いた曲。それをピーターとゴードンがピッタリのアレンジで「愛なき世界」と並ぶ代表曲にした。ピーターの弾く12弦ギターやピアノ・ホーンとゴージャスなサウンドが心地良い。エヴァリー・ブラザーズの影響を受けたコーラスも実に見事。
A--E

ラバー・ボール(Rubber Ball)~Bobby Vee 

日本では翌62年にヒット。43年米国生まれのボビー・ヴィーは59年から70年にわたり計38曲をチャートイン、うち10曲はトップ20。ソロ第2弾クローバーズのカバーが全米6位となりスターの仲間入り。続くこの「Rubber Ball」のヒットで国際的スターの地位を得る。
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Artist(English)

【NHK-FMのテーマ曲】星を求めて|ビリー・ヴォーン楽団

60年の英国映画「殺人鬼登場」の主題曲であり、イギリス人歌手のゲイリー・ミルズが歌い全英7位、全米26位を記録したのがオリジナル。同年60年にカバー曲として米国のビリー・ヴォーンがリリースし、これが日本では定番となっている。トニー・ハッチ作。
A--E

初恋の並木路(Things)|【シナトラ後継者】ボビー・ダーリン

原題は「Things」でシンガー・ソングライターであるボビー・ダーリンの作品。彼は幼少の頃に心臓病で15歳までの寿命と宣告されたが音楽と出会ったことを生きる力とした。スタンダードにスイングを持ち込んで、フランク・シナトラ後継者と称され、73年37歳の時に心臓病で亡くなるまで14年のキャリアでTop40入りのヒットが22曲、うち10曲がTop10入り。
Artist(English)

【日本だけのヒット】悲しき少年兵|ジョニー・ディアフィールド

ジョニー・ディアフィールドは本国アメリカでのヒットが皆無。それが日本で61年に1位を獲得し、更に年間1位まで獲得した。日本での人気により来日してこの曲の日本語盤を吹き込んでいる。当時の人気番組「ザ・ヒットパレード」にも出演したらしい。
Artist(English)

【原曲は深~い黒人霊歌】漕げよマイケル|ハイウェイメン

大元の原曲は辛い境遇であった黒人奴隷達の労働歌であった。カレッジ・フォーク・ブームの中で活躍したアメリカの大学生5人で結成されたハイウェイメンが61年リリースして全米と全英で1位を獲得し、世界的にヒットして知られるようになった。
A--E

2万4千のキッス|アドリアーノチェレンターノ【日本では藤木孝】

サンレモでは作曲者アドリアーノ・チェレンターノとリトル・トニーによって歌われ2位に入賞。チェレンターノはイタリアのエルヴィス・プレスリーとかイタリアのロックンロール・キングと呼ばれている。日本では「ツイスト男」藤木孝がこの曲で一世風靡した。
Artist(English)

アラスカ魂(North to Alaska)|ジョニー・ホートン 

ジョニー・ホートンはウェスタン歌手だが59年に「ニューオリンズの戦い」で6週連続ヒットチャート1位とミリオンセラーを記録。60年にこの曲がヒットチャート上昇中、36歳の若さで自動車事故で急逝。カントリーだけでなくロカビリーも歌っておりクロスオーバーな歌手。
A--E

浮気なスー(Runaround Sue)|ディオン(Dion)

61年11月に全米1位となったオールデイズの名曲で、日本ではスリーファンキーズのカバーの方が有名だった。ディオンは日本での知名度は低いがグループでトップ10入り2曲、ソロ転向しこの曲の他トップ10にヒット曲を送り込み続けた。「トンデヘレヘレ」のコーラスが印象的。
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