ら行

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A--E(T)

ビー・マイ・ベイビー(Be My Baby)~The Ronettes

ザ・ロネッツはニューヨーク出身の姉妹と従姉妹3人で58年に結成された女性歌手グループ。「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれたサウンドを生み出したフィル・スペクターと組んで63年最初のリリースで全米2位の大ヒットとなり、日本でもカバー多数。
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オー・プリティ・ウーマン(Oh, Pretty Woman)~Roy Orbison

この曲は64年に全米・全英で1位を獲得している。82年にカバーしたヴァン・ヘイレンのバージョンも全米12位。90年に映画「プリティ・ウーマン」主題歌として使われ再び脚光を浴びる。ロイの英米における存在感の大きさに比べ日本では大きな差があるのは業界の複雑な事情がある。
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フィーバー(Fever)~Little Willie John,Peggy Lee

リトル・ウィリー・ジョンの55年のヒットがオリジナル。その後大物が続々この曲をカバーし、中でも58年ペギー・リーのミリオンセラーが有名。他にプレスリーをはじめジョージ・チャキリス、ヘレン・シャピロ、サラ・ボーンと続き、65年マッコイズがヒット。
Artist(English)

さよなら!初恋(Hello Heartache Goodbye Love)~Little Peggy March

はじめに 既に取り上げた「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」の(リトル)ペギー・マーチの63年全米26位までいったヒット曲。原題は「Hello Heartache Goodbye Love」 日本での人気は高くなめらかな日本語で日本の曲も...
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悲しきカンガルー(Tie Me Kangaroo Down Sport)~Rolf Harris,Pat Boone

57年豪出身の漫画家兼TVタレントであるロルフ・ハリスが作り、63年に全米3位獲得。日本ではユーモラスなイメージの曲としてヒットしたが原詩には人種差別的、または動物虐待と受け取られるような部分があるようだ。ロルフは特異な人物で2014年には英国で強制わいせつで有罪となった。
Artist(English)

サティスファクション(I Can’t Get No Satisfaction)~The Rolling Stones

64年にビートルズが米国で大ブレイクし、ブリティッシュロックグループが続々米国上陸を成功させる中で、ローリング・ストーンズは順調ではなかった。米国でのヒットがないままデビュー直後に全米ツアーを敢行したものの、殆どの会場はガラガラだったという。その後も地道な活動を続けるうちに65年のこの大ヒット曲が生まれ、多くのロックバンドがカバーするロックの定番曲となった。
A--E

ストップ・ザ・ミュージック(Stop the Music)~Lenne & The Lee Kings,Dick Jordan

オリジナルはイギリスの「ディック・ジョーダン(Dick Jordan)」だが、世界的にヒットさせたのはスウェーデンの「レーン&ザ・リー・キングス(Lenne & The Lee Kings)」である。64年にレーン&ザ・リー・キングスがスタイリッシュなエレキサウンドでカバーしてデビュー大ヒットした。続いて66年にはデンマークのグループ「ザ・ヒットメイカーズ(The Hitmakers)」がハードロック張りのワイルドなアレンジでヒットした。
A--E(T)

哀愁のアダージョ(Adagio Cardinal)~Raymond Lefevre

Adagio Cardinalというクラシックをポピュラーソングとしてレーモン・ルフェーブルが編曲したものである。日本では69年にシングル盤として発売された。原曲はスペインのミカエル・バケス(Michael Vacquez)作のクラシック音楽。
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真珠採り(Pearl Fishers)~Ricardo Santos

57年にリカルド・サントス楽団の演奏で日本でヒットした。「真珠採りのタンゴ」という題名でも知られている。原曲は1863年9月パリのリリック座初演フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーによるオペラ「真珠採り」のアリア「耳に残る君の歌声」
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ホワッド・アイ・セイ(What’d I Say)~Ray Charles

ダンスパーティで余った時間を埋めるために演奏したのが始まり。ほぼ一つのリフだけが繰り返され、それをレイが艶やかに装飾し、喘ぎ声のやり取りが繰り返されるクライマックスで、女性コーラスがオーガズムへと導く。これはゴスペルの手法を導入したもの。
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