た行

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Artist(English)

リトル・ダーリン(Little Darling)~The Gladiolas,The Diamonds

イントロの歌い出しで「ヤ~、ヤーヤーヤヤ~」というファルセットで始まる所がとても印象的でコミカルな曲。軽快な曲調に加えて愉快なパフォーマンスが受けて大ヒットとなった。この曲のオリジナルは57年に全米11位になったThe Gladiolasであった。
A--E(T)

A Lover’s Concerto~The Toys,Sarah Vaughan

バッハのメエットだった原曲を米国の作者がポップス風に蘇らせた名曲。65年にガールズ・グループのトイズが歌い全米2位を獲得。日本ではサラ・ボーンのバージョンが定番となりCMやドラマの挿入歌として使われた。
A--E

ヒッピー・ヒッピー・シェイク(Hippy Hippy Shake)~Chan Romero,The Swinging Blue Jeans

オリジナルは59年のチャン・ロメロで多くのカバーが作られた。ビートルズのカバーも有名だが最もヒットしたのはこのスウィンギング・ブルー・ジーンズのバージョン。64年3月には全米24位。トム・クルーズの映画「カクテル」で使用されたのはジョージア・サテライツのバージョン。
A--E

ヴォラーレ(Nel blu dipinto di blu(Volare))前編~Domenico Modugno

イタリア語の原題は「Nel blu dipinto di blu」だが英語名「Volare」で世界中に広く知られる。カンツォーネの枠を超えポピュラー・クラシック・フラメンコ・ロックとアレンジされて様々な大物アーティストがヒットさせている。
A--E

キサナドゥーの伝説(The Legend of Xanadu)~Dave Dee,Dozy,Beaky,Mick & Tich

この曲は英国の他では日本でもGSブームと重なってヒットしたが、米国ではさっぱりでチャートの123位が最高位だったという。 彼らの最大のヒット曲がこの邦題「キサナドゥーの伝説」原題「The Legend of Xanadu」であり68年に全英1位に輝いている。ムチによる効果音が実に印象的である。日本では「ザ・ジャガーズ」のカバーもヒットした。
A--E

ストップ・ザ・ミュージック(Stop the Music)~Lenne & The Lee Kings,Dick Jordan

オリジナルはイギリスの「ディック・ジョーダン(Dick Jordan)」だが、世界的にヒットさせたのはスウェーデンの「レーン&ザ・リー・キングス(Lenne & The Lee Kings)」である。64年にレーン&ザ・リー・キングスがスタイリッシュなエレキサウンドでカバーしてデビュー大ヒットした。続いて66年にはデンマークのグループ「ザ・ヒットメイカーズ(The Hitmakers)」がハードロック張りのワイルドなアレンジでヒットした。
A--E

ノックは3回(Knock Three Times)~Dawn

70年に「恋するキャンディダ(Candida)」のボーカルをとるシンガーがいないということで、「歌ってくれ」と要請されしぶしぶ引き受けてレコーディング。しかもアーティスト名は"トニー・オーランド&ドーン"というグループを引き連れて歌ってるシンガーという設定だった。まだメンバーも決まっていない架空のグループ。女性バックコーラスは"テルマ"と"ジョイス"。コーラスはあとで被せて録音されたのでトニーは2人に実際に会ったこともなかった。
A--E

幸せの黄色いリボン(Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree)~Dawn

この曲の内容はニューヨーク・ポスト紙のコラムに掲載された話を元にしている。刑期を終えて出所した男がバスに乗って妻のいる家に帰ろうとする。もし妻が待っているなら庭の木に黄色いリボンを結んでくれるはずだが、なければ・・・という内容である。親しみやすいメロディーとともに、この歌詞が人々の共感を呼び大ヒットにつながった。日本でも山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」のモチーフとなったことは有名である。
A--E(T)

ビコーズ(Because)~The Dave Clark Five

イギリス国内で確固たる人気を確立したデイヴ・クラーク・ファイヴは64年3月には早くも渡米。イギリスよりもアメリカでの人気の方が高いバンドとして、デビュー当初のラウドで骨太なイメージが薄れ、元々持ち合わせていた甘く、ポップなメロディを強調するようになった頃の代表曲。
A--E

行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第4章(完)~Jacques Brel,Dusty Springfield

1967年のアルバム「Where Am I Going?」、1969年に発表された歴史的名盤「Dusty In Memphis」、黒人音楽を本当に理解し、同格の魂を感じる音楽ができる人「ブルー・アイド・ソウル」として、黒人たちから理解と尊敬の念で迎えられたアーティスト
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