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【スキャットに注目が集まり再録音】ふたりの天使|ダニエル・リカーリ

69年にサン・プルーが弱冠19歳の時に、音楽フェスティバル参加のため滞在中だったポーランドで作曲したもの。当初はリカーリの曲ではなく、名前の扱いは小さかったが、スキャットが強い印象を与えてリカーリ名義で再録音された。すべてのバージョンを含め世界中で1500万枚が売れた。
A--E

【邦題は誤訳?】誰かが誰かを愛してる|ディーン・マーティン

ディーン・マーティンは17年生まれのイタリア系アメリカ人。ジェリー・ルイスとの「底抜けコンビ」で人気俳優でもあった。NBCで65年から78年まで毎週ディ-ン・マーティン・ショーのホストを務めた。同じイタリア系のフランク・シナトラとの関係でシナトラ一家とも呼ばれた。
A--E

【映画「恋愛専科」】アルディラ(Al Di La)|エミリオ・ペリコーリ

映画「恋愛専科」で使われ62年には全米6位の世界的なヒット。映画の中で歌ったエミリオ・ペリコーリに続きコニー・フランシスやトニー・ダララのカバーもヒット。中でも日本ではエミリオ・ペリコーリとトニー・ダララのバージョンが最も親しまれた。
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花咲く街角(Hats Off to Larry)|デル・シャノン

曲の内容は「悲しき街角」が失恋ソングであったのを受けて、自分のもとを去った彼女が相手の男(Larry)に振られたのを知って、「泣け泣け」と喜んでいるというもの。前編坂本九の日本語カバーとは泣いてるのが男女逆になってる。
A--E

太陽を探せ(Keep Searchin’)|【街角男】デル・シャノン

61年から立て続けにヒットを連発していたシンガー・ソングライターのデル・シャノンだが、ビートルズ旋風によりやや人気に影を差し始めた65年のヒット曲「太陽を探せ」。覆面バンドのロイ・オービソンの後継と見られていた1990年2月に謎の自殺。
A--E

【死刑囚が見ていた夢の話】思い出のグリーングラス|トムジョーンズ

日本でも森山良子のカバーで大ヒットしたこの曲のオリジナルは死刑囚のことを歌っている。久しぶりの我が家に帰るために列車から降りたらパパとママが迎えに来て我が家の庭には昔遊んだ枝もそのままの木がある…心癒される場面は死刑囚の夢で執行官の足音が聞こえるという内容
Artist(English)

【映画の主題歌】恋のパームスプリングス|トロイ・ドナヒュー

50年代後半から60年代前半まで青春スターとして活躍した甘いマスクのドナヒューはワーナーのドル箱スターだった。サンドラ・ディーと共演した「避暑地の出来事」や、コニー・スティーブンスと共演した「二十歳の火遊び」ではその爽やかな魅力から一躍人気スターとなった。
A--E(T)

【原曲はバッハ?】ラバーズコンチェルト|The Toys|Sarah Vaughan

バッハのメエットだった原曲を米国の作者がポップス風に蘇らせた名曲。65年にガールズ・グループのトイズが歌い全米2位を獲得。日本ではサラ・ボーンのバージョンが定番となりCMやドラマの挿入歌として使われた。
Artist(English)

【印象的なイントロ】リトルダーリン|ダイヤモンズ(The Diamonnds)

イントロの歌い出しで「ヤ~、ヤーヤーヤヤ~」というファルセットで始まる所がとても印象的でコミカルな曲。軽快な曲調に加えて愉快なパフォーマンスが受けて大ヒットとなった。この曲のオリジナルは57年に全米11位になったThe Gladiolasであった。
A--E

ヒッピー・ヒッピー・シェイク|スウィンギング・ブルー・ジーンズ

オリジナルは59年のチャン・ロメロで多くのカバーが作られた。ビートルズのカバーも有名だが最もヒットしたのはこのスウィンギング・ブルー・ジーンズのバージョン。64年3月には全米24位。トム・クルーズの映画「カクテル」で使用されたのはジョージア・サテライツのバージョン。
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