K--O(T)

Artist(English)

男の世界(Lovers Of The World)~Jerry Wallace

チャールズ・ブロンソンは当時主演作が続けてヒットするなど絶頂期にあった。寡黙なイメージの役柄が多く、三船敏郎のビールCMと通じるものを感じる。当時の男性の価値観に少なからぬ影響を与え「ザ・ブロンソンズ」が男気を標榜する原点ともなった。
A--E

ラ・ノビア(La Novia)~Antonio Prieto

ホアキン・プリエートが作詞作曲し、彼の弟で歌手兼俳優のアントニオ・プリエートが61年にスペイン語で歌ってヒットさせた。その後イタリアに伝わりトニー・ダララ等で大ヒット。日本ではいち早くブラジルからみやげ曲として持ち帰ったペギー葉山等により大ヒットとなった。
Artist(English)

モナリザ(Mona Lisa)~Nat King Cole

アラン・ラッド主演の映画「別働隊」(50年)の挿入歌でアカデミー歌曲賞を受賞。50年に8週連続全米1位となり、コールはジャズからポップスに活動の軸足を移した。その後86年にニール・ジョーダン監督がこの曲をテーマに映画「モナ・リザ」を発表。
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Artist(English)

太陽の彼方に(Movin’)~The Astronauts

エレキ・ブームの前兆はオリンピックを目前に控えて、日本中が躁状態だった1964年夏「太陽の彼方」のヒットから始まるサーフィンブームにあった。ビートルズがアメリカで人気爆発中の時、日本ではなぜかアメリカで無名だったアストロノーツの曲が大ヒットしていた。
A--E

太陽を探せ(Keep Searchin’)~Del Shannon

61年から立て続けにヒットを連発していたシンガー・ソングライターのデル・シャノンだが、ビートルズ旋風によりやや人気に影を差し始めた65年のヒット曲「太陽を探せ」。覆面バンドのロイ・オービソンの後継と見られていた1990年2月に謎の自殺。
A--E

恋のほのお(Love Grows (Where My Rosemary Goes))~Edison Lighthouse

70年代初めにかけて10代向けの明るく軽く覚えやすいバブルガム・ミュージック。詞はノーテンキ、曲はキャッチー、作り方もスタジオ・ミュージシャンが集まって作り、一人のアーティストが複数の名を使い複数の架空のバンドでレコーディングするというものだった。
A--E

マサチューセッツ((The Lights All Went Out In) Massachusetts)~Bee Gees

ビージーズはイギリス人3兄弟の男性グループ。63年にオーストラリアからデビュー、73年からは米国を中心に活動。この曲はヒッピーに憧れて田舎から来た若者が、クスリ等で乱れていた都会に失望し、田舎に帰って、昔の彼女と 「 普通の生活を送りたい 」 という心情を歌った。
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Let’s Get Together~Hayley Mills

1946年英国ロンドンで芸能一家に生まれたヘイリー・ミルズは59年映画デビュー。61年のディズニー映画2作目「罠にかかったパパとママ」で彼女がひとり二役の二重唱で歌う 「Let’s Get Together」 は、LPが発売されるほどの人気となった。
A--E

ムーン・リバー(Moon River)~Andy Williams

61年公開の映画「ティファニーで朝食を」の主題歌で歌ったのは主演女優のオードリー・ヘプバーン。同年のアカデミー歌曲賞の他、グラミー賞3部門を獲得。自分の声に嫌悪感を持ちレコード収録を拒否したオードリーに授賞式会場で歌う意志は無く、作曲者マンシーニはアンディーに代役を頼み、これが大喝采を浴びた。
Artist(English)

オー・プリティ・ウーマン(Oh, Pretty Woman)~Roy Orbison

この曲は64年に全米・全英で1位を獲得している。82年にカバーしたヴァン・ヘイレンのバージョンも全米12位。90年に映画「プリティ・ウーマン」主題歌として使われ再び脚光を浴びる。ロイの英米における存在感の大きさに比べ日本では大きな差があるのは業界の複雑な事情がある。
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