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【原曲はMローラン作シャンソン】シバの女王|レーモンルフェーブル

ミッシェル・ローランが67年シャンソンとして作詞作曲。これをレイモン・ルフェーヴルがストリングス風にアレンジして一層際立つ名曲に仕立て上げた。日本では69年にシングル・カットされた『シバの女王』がロングヒットとなったことから知名度が一気に上昇。
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ルイジアナママ|【オールディーズ御三家】ジーン・ピットニー

Gピットニーは「恋の痛手」、「リバティ・バランスを撃った男 」、「非情の町 」等、多数のヒットを持つ。日本では 「 ルイジアナ・ママ 」 の歌手としてのみ知られるが、当初はBヴィーへの 「 Rubber Ball 」、Rネルソンへの 「ハロー・メリー・ルー」 など、ソングライターとして成功を収めた。
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【印象的なギターイントロ】マイ・ガール|テンプテーションズ

60年2組のグループのメンバーで結成され61年テンプテーションズに改名しモータウンからレコードデビューした。低迷時代が続いたが64年デヴィッド・ラフィンが加入してグループの黄金時代となる。デヴィッドがリードを担当した「マイ・ガール」に続きその後もヒットを量産した。
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【復活Nセダカの作品】愛ある限り|キャプテン&テニール

元々この曲は1973年にニール・セダカが活動拠点を英国に移していた時代のアルバムに収録されていた。キャプテン&テニールがそのアルバムを聴いてこの曲を選び、2週間のアレンジを経て発売。75年6月連続4週間全米No1だけでなく年間No1ヒットとなった。
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【原点はRネルソン】ロンサム・タウン|ポール・マッカートニー

98年亡くなったポールの妻リンダの生前の提案により作られたロックのカバーアルバム「Run Devil Run」に収録された曲。デヴィッド・ギルモア、ミック・グリーン、デイヴ・マタックス、イアン・ペイスなど実力派がバック,を務め、迫力ある演奏とポールの力強いヴォーカルが魅力。キャバーンクラブ(The Cavern Club)
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【失意の英国からこの曲で凱旋帰国】雨に微笑を|ニール・セダカ

50年代後半から60年代初頭にかけ大ヒットを連発していたNセダカだが、64年のビートルズ旋風以降は過去の人状態。止む無く英国に活動の場を移し精力的に曲作りに励み発売するアルバムは英国で高い評価だが米国発売無し。ここから米国凱旋上陸を果たしたのがこの曲。
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【NHK-FMのテーマ曲】星を求めて|ビリー・ヴォーン楽団

60年の英国映画「殺人鬼登場」の主題曲であり、イギリス人歌手のゲイリー・ミルズが歌い全英7位、全米26位を記録したのがオリジナル。同年60年にカバー曲として米国のビリー・ヴォーンがリリースし、これが日本では定番となっている。トニー・ハッチ作。
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【日本だけのヒット】悲しき少年兵|ジョニー・ディアフィールド

ジョニー・ディアフィールドは本国アメリカでのヒットが皆無。それが日本で61年に1位を獲得し、更に年間1位まで獲得した。日本での人気により来日してこの曲の日本語盤を吹き込んでいる。当時の人気番組「ザ・ヒットパレード」にも出演したらしい。
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【原曲は深~い黒人霊歌】漕げよマイケル|ハイウェイメン

大元の原曲は辛い境遇であった黒人奴隷達の労働歌であった。カレッジ・フォーク・ブームの中で活躍したアメリカの大学生5人で結成されたハイウェイメンが61年リリースして全米と全英で1位を獲得し、世界的にヒットして知られるようになった。
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アラスカ魂(North to Alaska)|ジョニー・ホートン 

ジョニー・ホートンはウェスタン歌手だが59年に「ニューオリンズの戦い」で6週連続ヒットチャート1位とミリオンセラーを記録。60年にこの曲がヒットチャート上昇中、36歳の若さで自動車事故で急逝。カントリーだけでなくロカビリーも歌っておりクロスオーバーな歌手。
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