P--S(T)

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【名曲として定着させた69年日本のヒット】涙のくちづけ|レターメン

「フォー・ボイシズ」により60年5月に録音されたが不発、62年ブライアン・ハイランドがカバーして全米3位のヒット、更にレターメンがB面でカバーするも不発。しかしこれが日本で69年に大ヒット。それにしては日本のカバーはネット上に見当たらない。
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【エリーゼのためにが原曲】情熱の花|カテリーナ・ヴァレンテ

ベートーヴェンの「エリーゼのために」をアレンジしてBボトキンらによって作られた。57年にアメリカのフラタニティ・ブラザーズが録音したがアメリカではヒットせず翌58年にイタリアで大ヒット。59年にフランス語でイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが歌い、これが日本でも大ヒット。
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【36年のミュージカルが原曲】10番街の殺人|ザ・ベンチャーズ

アルバムチャートに24週連続でランクインし続けた「ノック・ミー・アウト」に収録され、シングル先行発売されたこの曲は64年10月に全米35位。65年の来日で日本に大エレキブームを巻き起こしたザ・ベンチャーズヒットの中でもこの名曲は36年初演ミュージカルをルーツとする。
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【毒を含んだ皮肉の原詩】夢みるシャンソン人形|フランス・ギャル

65年歌手であるセルジュ・ゲンズブールのプロデュース・作詞・作曲でこの曲が大ヒット。その後60年代後半に一度姿を消すが、70年代に入って復活。歌詞にはかなりの悪意というか毒を含んだ皮肉が込められているという。彼女は後年このことに気づいて以来この曲を歌うことを好まなかった。
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【ブレイク前のNセダカ作】間抜けなキューピッド|コニーフランシス

コニーのデビューは55年で、しばらくの低迷後58年にリリースした11枚目のシングル「Who’s Sorry Now」が、あっという間にミリオンセラーを記録。同年立て続けにヒットを飛ばした中の1曲がこの曲。この頃日本ではコニーはまだ無名で殆ど注目されていなかった。
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【雷鳴と雨の音のイントロ】悲しき雨音|【海兵隊仲間】カスケーズ

突然の雷鳴と雨の音の印象的なイントロで始まるこの曲は62年にリリースされると全米1位だけでなく世界的ヒットとなった。元々インストゥルメンタル中心のグループだったが、ビーチボーイズの影響を受け、コーラスを中心の楽曲を作るようになりこのヒットにつながった。
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【社会現象になった大ヒット】可愛いベイビー|コニーフランシス

米国ではシングルカットもされなかった曲が日本で空前の大ヒット。最初から日本語盤を投入するという戦略が功を奏した。日本ではレコード各社揃っての競作となった。結果は中尾ミエ盤が定番に。日本語カバー(中尾ミエ、伊東ゆかり、森山加代子、沢リリ子、後藤久美子、山口百恵、テレサテン)
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【英国より日本でヒット】ポケット・トランジスター|アルマ・コーガン

オリジナルはダニー・ジョーダンが歌ったもので、原題は「Just Couldn’t Resist Her With Her Pocket Transistor」 。これを英国の人気歌手アルマ・コーガンがカバーし、それが日本に伝わって大ヒットとなった。日本では多くの競作盤が作られ、森山加代子盤が定番となった。日本語カバー
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【オールディーズ不滅の金字塔】悲しき街角|デル・シャノン

オールディーズには欠かせない名曲。この大ヒット以降デル・シャノンはヒット曲を連続して生み出して行く。シンガーソングライターとして他のアーティストに提供したヒット曲も多い。日本でも人気は高く連続ヒットの邦題には「街角」がつけられたことから「街角男」として親しまれた。
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【彼女の優美なしぐさ】ポエトリー|ジョニー・ティロットソン

日本発売は少し遅れて64年。彼は日本語で日本独自のヒット曲をいくつも飛ばし、米国以上に日本での活躍が目立った。64年ころからはアメリカでもビートルズ旋風が起こりそれまでの明るく甘いジョニー・ティロットソンのようなアメリカン・ポップスは好まれなくなった。
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