P--S(T)

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恋はスバヤク(Short On Love)~Gus Bakkas

ガス・バッカスは元々ピッツバーグ出身の米国人で、白人黒人混成グループThe Del-Vikingsのメンバーであり、57年頃数曲のトップヒットを放ち、その後独立したが不発。兵役で駐留中ドイツでソロ活動を始め、初のヒットがこの曲。しかも日本だけでのヒット。
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パフ(Puff,the Magic Dragon)~PPM

アメリカのフォークソング・グループ、ピーター・ポール&マリー(PPM)による楽曲。日本では童謡として親しまれている。原題は「Puff,the Magic Dragon」内容は不老の竜パフと少年ジャッキー・ペーパーとの交流と別れを描いている。米国ではドラッグ・ソングと曲解されたこともあったが、作詞者が強く否定した。
A--E

ストップ・ザ・ミュージック(Stop the Music)~Lenne & The Lee Kings,Dick Jordan

オリジナルはイギリスの「ディック・ジョーダン(Dick Jordan)」だが、世界的にヒットさせたのはスウェーデンの「レーン&ザ・リー・キングス(Lenne & The Lee Kings)」である。64年にレーン&ザ・リー・キングスがスタイリッシュなエレキサウンドでカバーしてデビュー大ヒットした。続いて66年にはデンマークのグループ「ザ・ヒットメイカーズ(The Hitmakers)」がハードロック張りのワイルドなアレンジでヒットした。
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真珠採り(Pearl Fishers)~Ricardo Santos

57年にリカルド・サントス楽団の演奏で日本でヒットした。「真珠採りのタンゴ」という題名でも知られている。原曲は1863年9月パリのリリック座初演フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーによるオペラ「真珠採り」のアリア「耳に残る君の歌声」
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(2/2ページ)ドック・オブ・ザ・ベイ(Sitting On The Dock Of The Bay)~Otis Redding

共作者としても優れた作品を書いたスティーブ・クロッパーの音楽性には、メロディやリフなどに南部のもう一方の文化、白人の伝統が活かされている。白人であるクロッパーもダンも黒人街へやってきて、ミュージシャンとして意見をぶつけた。このような「人間」としての交流の成果が、オーティス・レディングのソウルだった。
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ドック・オブ・ザ・ベイ(Sitting On The Dock Of The Bay)~Otis Redding

ソウルの王道中の王道を歩んだ人物が、その予期せぬ死の直前に熱唱型からガラリと姿を変え、日なが海を見つめている歌をうたうという、事故の3日前に録音されオーティス最大のヒットとなった異例の内容を持つソウルである。これが、とても胸に染みる。
A--E

真珠貝の歌(Pearly Shells)~Billy Vaughn

18世紀後半に作られたハワイ民謡を原曲とし、1962年に英語版{Pearly Shells(真珠貝の歌)」が制作された。ビリー・ボーン・オーケストラの演奏は本国アメリカでは100位以下だったが、日本では65年に大ヒットとなった。
A--E

(2/2ページ)ロック・アラウンド・ザ・クロック(Rock Around The Clock)~Bill Haley & His Comets

ビル・ヘイリーのデビューからその後、1951年から53年ころまでの活動、発売前からクラブでこの曲を歌っていた、最大手デッカとの契約に成功、大ブレイク当時のビル・ヘイリー、成功をバンドの仲間と分かち合わなかったヘイリー、人気凋落、
A--E

ロック・アラウンド・ザ・クロック(Rock Around The Clock)~Bill Haley & His Comets

この曲の誕生と時代背景、ロック誕生前夜、レコード発売に至るまでの紆余曲折、発売当初はヒットしなかった、映画「暴力教室」と共に社会現象となったロック、映画「アメリカン・グラフィティ」でも使われてリバイバル・ヒット、日本への影響、江利チエミ、歌詞、
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ペパーミント・ツイスト(Peppermint Twist)~Joey Dee & Starliters

58年米国で結成されたバンド「ジョイ・ディー&スターライターズ」はニューヨークの「ペパーミント・ラウンジ」のダンス・バンドとして活躍。日本でもブームが起って邦題「ツイストNo.1」として黒ずくめの服であっという間に日本のツイストキングとなったのが藤木孝。
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