な行(T)

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なぎさの誓い(So Much In Love)|ザ・タイムズ

The Tymesは元The Latineersというグループ4人に、ジョージ・ウィリアムスをリード・ヴォーカルに迎えて1960年に結成された。この曲のシングルは2分8秒と短く、波の音の後ですぐに歌が始まるのだが、他にいくつかの異なるバージョンがある。
A--E

【ベトナム出兵海軍の恋人】ネイビー・ブルー|ダイアン・リネイ

Dリネイは45年生まれ子供の頃から女優を目指しレッスンに明け暮れる。自分でデモテープを作り、売り込みをしていた。62年17歳の時2枚出したシングルはいずれも不発。63年の本作品が世界的大ヒット。日本では伊東ゆかり、伊藤アイコ、九重佑三子とパラキンがカバーし、ヒットパレードを賑わせた。
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涙のバースデイ・パーティー|【社長令嬢高校生】レスリー・ゴーア

60年代ガールズポップスの旗手として活躍し、69年までのマーキュリー在籍中シングル29枚のうち19枚が全米ベスト100にチャートイン。この曲のオリジナルの名誉はヘレン・シャピロがアルバムに収録したバージョンに譲るが、大ヒットしたのはLゴーアのバージョン。
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【映画主題曲】日曜はダメよ|【後半生は政治家】メリナ・メルクーリ

ギリシャの港町で娼婦をしているイリヤは、客の男達みんなに愛されながら生活を楽しんでいる。そこに米国人の堅物学者がやってきて、娼婦から抜け出す教育を始めるものの失敗して傷心のまま帰国するというコメディ・タッチ。映画の中で歌っている主演女優メリナ・メルクーリは後にギリシャの大臣としても活躍。
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【名曲として定着させた69年日本のヒット】涙のくちづけ|レターメン

「フォー・ボイシズ」により60年5月に録音されたが不発、62年ブライアン・ハイランドがカバーして全米3位のヒット、更にレターメンがB面でカバーするも不発。しかしこれが日本で69年に大ヒット。それにしては日本のカバーはネット上に見当たらない。
A--E

【カレッジフォークの金字塔】七つの水仙|ブラザース・フォア

57年にモダン・フォークの元祖ウィーヴァーズのリー・ヘイズとフラン・モズリーの作品。ウィーヴァーズの女性歌手ロニー・ギルバートにより歌われたラブバラード。しかし当時はヒットしなかった。60年に「グリーンフィールズ 」のヒットにより頭角を現したブラザース・フォア が、この曲を64年に取り上げヒットした。
A--E

2万4千のキッス|アドリアーノチェレンターノ【日本では藤木孝】

サンレモでは作曲者アドリアーノ・チェレンターノとリトル・トニーによって歌われ2位に入賞。チェレンターノはイタリアのエルヴィス・プレスリーとかイタリアのロックンロール・キングと呼ばれている。日本では「ツイスト男」藤木孝がこの曲で一世風靡した。
A--E

【夏の街にいつも流れてた】浪路はるかに|ビリー・ボーン楽団

ビリー・ボーンの曲は基本的にカバー曲であるが、この曲も元は37年ビング・クロスビーがヒットさせた。両者を聴き比べてもすぐには同一曲とわからないほどビリー・ボーンのアレンジが素晴らしい。57年にリリースしたこの曲は58年に全米5位のヒットとなった。Andy Williamsが歌詞をつけて歌っている。
A--E

【ヒットで大慌て】ノックは3回|【架空のグループ】Dawn

70年に「恋するキャンディダ(Candida)」のボーカルをとるシンガーがいないということで、「歌ってくれ」と要請されしぶしぶ引き受けてレコーディング。しかもアーティスト名は"トニー・オーランド&ドーン"というグループを引き連れて歌ってるシンガーという設定だった。まだメンバーも決まっていない架空のグループ。女性バックコーラスは"テルマ"と"ジョイス"。コーラスはあとで被せて録音されたのでトニーは2人に実際に会ったこともなかった。
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【一部ゲール語】虹と共に消えた恋|Peter,Paul&Mary

62年PPMセカンドシングル”If I Had A Hammer”のB面。翌年セカンドアルバムにも収録。シングルカットは日本のみ。オリジナルは17世紀のアイルランドで歌われていた曲。ゲール語の発音をアルファベット表記しており歌詞だけ読んでも意味不明
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