ら行(T)

スポンサーリンク
A--E

Let’s Twist Again~Chubby Checker

60年と61年の2度全米1位に輝いたThe Twistには及ばないが、ツイストブームが最高潮に達した61年に発売されたこの曲は全米8位を獲得した代表曲。62年グラミー賞を受賞し66年までに32回もチャートイン。いくつもの映画に出演している。
Artist(English)

ラストダンスは私に(Save The Last Dance For Me)~The Drifters

白人ブルース歌手出身のドク・ポーマスが作り60年にこれが全米1位の大ヒット。自身の結婚式に花嫁と来賓たちとが手を取り合い踊る姿を見て、この歌詞が浮かんだ。日本では越路吹雪の代表曲として61,63年の2回紅白で歌われた。オリジナルはドリフターズ
Artist(English)

ライオンは寝ている(The Lion Sleeps Tonight)~The Tokens

元はズールー族に古くから歌い継がれてきた民謡で、オリジナルは1920年代にズールー語でライオンを意味する「Mbube」で、39年演奏の録音が残っている。これが南アフリカで40年代に10万枚売れるヒット。タイトルを変え英語詞を加え、洗練されたアメリカン・ポップス曲として大ヒットを飛ばしたのがトーケンズ。
A--E

ロリポップ・リップス(Lollipop Lips)~Connie Francis

全米トップ100に53曲も送り込んだコニーだが、この曲は米国でシングル発売もなく日本だけで独自のヒット。B面にカップリングされたのが皮肉にも出世作「Who's Sorry Now」だった。日本語カバーの」定番は九重佑三子&パラダイスキングのバージョン。英語歌詞付。
Artist(English)

ロコモーション(The Locomotion)~Little Eva

蒸気機関車のイメージから生まれた、「 ロコ・モーション 」 という名の、ダンスを踊る為の曲として作られた。74年グランド・ファンク、88年カイリー・ミノーグによるカバーも全米1位を獲得。ヒットメーカーのキャロル&ゴフィン作。
Artist(English)

ルイジアナママ(Louisiana Mama)~Gene Pitney

Gピットニーは「恋の痛手」、「リバティ・バランスを撃った男 」、「非情の町 」等、多数のヒットを持つ。日本では 「 ルイジアナ・ママ 」 の歌手としてのみ知られるが、当初はBヴィーへの 「 Rubber Ball 」、Rネルソンへの 「ハロー・メリー・ルー」 など、ソングライターとして成功を収めた。
Artist(English)

ロンサム・タウン(Lonesome Town)~Paul McCartney

98年亡くなったポールの妻リンダの生前の提案により作られたロックのカバーアルバム「Run Devil Run」に収録された曲。デヴィッド・ギルモア、ミック・グリーン、デイヴ・マタックス、イアン・ペイスなど実力派がバックを務め、迫力ある演奏とポールの力強いヴォーカルが魅力。
A--E

ラバー・ボール(Rubber Ball)~Bobby Vee

日本では翌62年にヒット。43年米国生まれのボビー・ヴィーは59年から70年にわたり計38曲をチャートイン、うち10曲はトップ20。ソロ第2弾クローバーズのカバーが全米6位となりスターの仲間入り。続くこの「Rubber Ball」のヒットで国際的スターの地位を得る。
Artist(English)

ローハイド(Rawhide)~Frankie Laine

55年から65年にかけて米CBSで制作・放送されたTVドラマ。南北戦争後の1870年代西部を舞台にテキサス州からミズーリ州まで3千頭の牛を運ぶドラマで、まだ無名時代のクリント・イーストウッドが副隊長役で人気となった。フランキー・レインの主題歌も日本でヒットした。
A--E

ラ・ノビア(La Novia)~Antonio Prieto

ホアキン・プリエートが作詞作曲し、彼の弟で歌手兼俳優のアントニオ・プリエートが61年にスペイン語で歌ってヒットさせた。その後イタリアに伝わりトニー・ダララ等で大ヒット。日本ではいち早くブラジルからみやげ曲として持ち帰ったペギー葉山等により大ヒットとなった。
スポンサーリンク