さ行(T)

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【米国TVドラマから】ジョニー・エンジェル|シェリー・フェブレー

日本でもゴールデンタイムの人気番組「うちのママは世界一」で歌手ではないからと渋るシェリーが嫌々歌わされたのがこの曲。日本でも大ヒットして日本語カバー盤が競作となった。64年本業の女優に戻った彼女は映画でエルヴィス・プレスリーやハーマンズ・ハーミッツなどと共演。
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【日本の方が大ヒット】砂に消えた涙|【クレモナの虎】ミーナ

40年北イタリア名門の家に生まれたミーナは58年にレコード・デビューし人気歌手となった。日本では「月影のナポリ」や65年の「別離(Un anno d’amore)」と共にこの曲がヒット。イタリア本国でこの曲はシングルでは日本ほどのヒットとはならなかったものの、65年イタリアのLP売り上げではこの曲が収録されたアルバムが堂々の1位となる。
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シェリー(Sherry)|【5曲が全米1位獲得】フォー・シーズンズ

フォー・シーズンズは2番目のシングルで代表曲「シェリー」の大ヒットを皮切りに3曲連続でビルボード1位を独占し、その後全米チャートを賑わせた曲の数は71曲。うち15曲がトップ10入り、さらに5曲が1位獲得。日本では63年にカバーした九重佑三子のボーカルでパラキンの日本語ヴァージョンの方がヒット。
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【送別の料理】ジャンバラヤ|【C&W界の巨人】ハンク・ウィリアムス

47~52年までわずか6年間の活動で数々の名作を発表したハンク・ウィリアムス。ハンク自身の作詞・作曲で、52年に自分のグループをバックに発表。同年ハンクの作品とコロムビアレコードのジョー・スタッフォードの作品でヒット。ハンク死後の58年にミリオンセラーを記録。
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【エリーゼのためにが原曲】情熱の花|カテリーナ・ヴァレンテ

ベートーヴェンの「エリーゼのために」をアレンジしてBボトキンらによって作られた。57年にアメリカのフラタニティ・ブラザーズが録音したがアメリカではヒットせず翌58年にイタリアで大ヒット。59年にフランス語でイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが歌い、これが日本でも大ヒット。
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【36年のミュージカルが原曲】10番街の殺人|ザ・ベンチャーズ

アルバムチャートに24週連続でランクインし続けた「ノック・ミー・アウト」に収録され、シングル先行発売されたこの曲は64年10月に全米35位。65年の来日で日本に大エレキブームを巻き起こしたザ・ベンチャーズヒットの中でもこの名曲は36年初演ミュージカルをルーツとする。
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【原曲はMローラン作シャンソン】シバの女王|レーモンルフェーブル

ミッシェル・ローランが67年シャンソンとして作詞作曲。これをレイモン・ルフェーヴルがストリングス風にアレンジして一層際立つ名曲に仕立て上げた。日本では69年にシングル・カットされた『シバの女王』がロングヒットとなったことから知名度が一気に上昇。
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【再会した幼馴染が素敵なレディに】すてきな16才|ニールセダカ

16才になった幼なじみの女の子が、驚くほど素敵なレデイになっていたという内容のローティーン向けの陽気な楽曲。日本においては62年4月から5月にかけてのランクインで、最高位は8位。ニール・セダカ&ハワード・グリーンフィールドの才能の結集。
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ステキなタイミング|【日本では坂本九が定番】ジミー・ジョーンズ

米国ジミー・ジョーンズがソロとして60年2枚目シングル「Good Timin’」が全米3位の大ヒット。当時の日本は坂本九達若者がポップスを日本語で歌うブームの勃興期。TV各局は競って同種番組を作りお茶の間の若者を夢中にさせていた。この曲もオリジナルは知らなくても坂本九で知った者が殆ど。
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【数えきれないカバー】スターダスト|ナット・キング・コール

1927年ホーギー・カーマイケルにより作曲された。31年、ルイ・アームストロングによって初めて歌われ、以後ジャズの名曲として数多くの名演が作られた。日本ではTV番組「シャボン玉ホリデー」のエンディングにザ・ピーナッツの歌うこの曲が流れるのが決定版
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