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フィーバー(Fever)~Little Willie John,Peggy Lee

Artist(English)
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はじめに

 マッコイズから入ったこの曲はペギー・リーのオリジナルがあるのはわかっていて、気楽に取り組んだのが間違いの元だった。

 ペギー。リーよりもっと前のオリジナルがあったのだ。それが55年の「リトル・ウィリー・ジョン」のヒット曲で全く存在すら知らなかった。

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リトル・ウィリー・ジョン

 リトル・ウィリー・ジョンの代表曲の一つが”Fever”(フィーバー又はフィーヴァー)。

 ”フィーバー”は日本でも大変よく知られたPeggy Lee(ペギー・リー)のヒット曲の一つで、当然、ペギー・リーのオリジナルだと思われている。

 ところが実は、1958年に吹き込んでチャートで上位に入った”Talk To Me, Talk To Me(トーク・トゥ・ミー)”や、”たまらなく君が欲しい”と切なく歌う1955年の”Need Your Love So Bad”などのヒット曲で知られるR & B歌手のLittle Willie John(リトル・ウィリー・ジョン)が放った1955年のヒット曲である。

 Elvis Presley(エルヴィス・プレスリー)のAll Shook Up、Return To Sender、Don’t Be Cruel、そしてJerry Lee Lewis(ジェリー・リー・ルイス)のGreat Balls Of Fire、のヒットで知られるロックンロール時代のシンガーソングライターであるOtis Blackwell(オーティス・ブラックウェル)がJohn Davenport(継父姓のジョン・ダベンポート)名でEddy Coolly(エディ・クーリー)と共作したのがFever(フィーヴァー)である。

 18歳で初ヒット曲をリリースしたものの全盛期は10年に満たないリトル・ウィリー・ジョンだが、どうして「リトル」なのかというとリトル・ウィリー・ジョンの背丈はまさに5フィーと4インチ(約162センチ)だったから。

 アルコール中毒や背丈などから来るコンプレックスなどに持ち前の短気が加わりフィーヴァー!、1964年に自分の婚約パーティーの席上で些細なことから殺傷事件を起こしてWashington State Penitentiary(ワシントン州立刑務所)に送られた。

 その2年後、殺人罪で服役中の1968年(30歳)に心臓マヒ(公式)で死亡したが、リトル・ウィリー・ジョンの弟子と自称する友人で仮釈放にも尽力を惜しまなかったというJames Brown(ジェームス・ブラウン)がその年にトリビュートアルバム「Thinking of Little Willie John and a Few Nice Things」をリリースしてFever(フィーヴァー)も歌っているようだ。

 ジェームス・ブラウンの他にも”A Lovely Way to Die”のJackie Wilson(ジャッキー・ウィルソン)、B. B. King、そしてAl Green(アル・グリーン)などがリトル・ウィリー・ジョンの影響を受けている。

 リトル・ウィリー・ジョンは1996年にThe Rock and Roll Hall of Fame(ロックの殿堂)入りを果たした。

 ちなみに黒人音楽のスタンダードとも呼ばれるStaxの名盤「Your Good Things」と「You’re Taking Up Another Man’s Place」をリリースしたソウル歌手のMable John(メイベル・ジョン)はリトル・ウィリー・ジョンの10人兄弟&姉妹の一番上の姉である。
Little Willie John – All Around The World – YouTube

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Little Willie Johnの歌声と映像

1956年の音源

1956 HITS ARCHIVE: Fever – Little Willie John (#1 R&B hit)

比較的新しいTVクイズ番組に出演して歌っているのは誰?

Little Willie John – Fever | Igit | The Voice France 2014 | Blind Audition

LP収録版

little willie John Fever
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 ペギー・リー58年のミリオンヒットカバー

 ペギー・リーがカバーしてミリオンセラー・ヒットとなったのが58年。彼女の名を不動の地位に高めたのが映画「大砂塵」のテーマ曲「Johnny Guitar」だった事くらいは誰でも知ってる。

 この「フィーバー」ではドラムとウッドベースだけというシンプルなバックでクールで妖艶に歌う彼女の歌唱力は強いインパクトを与える。

 結婚と子育てで一時引退したペギー・リーだったが夫君だったDave Barbour(デイヴ・バーバー)の後押しで1944年にカムバックし、二人のコラボで数々のヒット曲を飛ばし、大スターとなった。

 ”It’s A Good Day”、”Manana”、”I Don’t Know Enough About You”などなど。

 しかしアルコール依存症だったというデイヴ・バーバーの私生活はハチャメチャで1951年に離婚となったが1952年にはミュージカル映画の「The Jazz Singer(ジャズ・シンガー)」に出演している。 デイヴ・バーバーはその後もペギー・リーとは仕事面で一緒だったようで1958年に大ヒットしたシングル”Fever”も二人のコラボだという。

 ペギー・リーはリトル・ウィリー・ジョンのリリースから2年後にカバーしているが、セックス・シンボルのMadonna(マドンナ)は90年代に超セクシーにカバーしている。

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Peggy Leeの歌声と映像

視聴回数3千万回超

Fever – Peggy Lee

スタジオライブ

Peggy Lee: Fever!
Peggy Lee – Fever
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