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行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)~Jacques Brel,Dusty Springfield

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はじめに

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今回このシリーズにダスティ・スプリングフィールド(Dusty Springfield)を登場させるに当り、数多い彼女の代表曲のうち自分なりにどうしても外せない3曲を選抜した。それは「この胸のときめきを」、「二人だけのデート」、「行かないで」で順次アップしていく。従ってその曲に固有の情報以外については3つに分散させて記載することにした。

この胸のときめきを(You Don’t Have To Say You Love Me)~Dusty Springfield
サンレモ音楽祭に参加したダスティは、イタリア語がわからなかったにもかかわらず、この歌に涙を流すほど感動し、ソングライターの一人ピーノ・ドナッジョに是非レコーディングさせてほしいと申し出た。原詞をあまり気にしないで出来たのがこの曲の英語詞。出来上がった曲は翌日録音され1966年5月発売。
●ダスティ・スプリングフィールドのプロフィール(その1)
二人だけのデート(I Only Want To Be With You)~Dusty Springfield
63年11月発売のダスティのデビュー曲でいきなり全英4位のみならず全米5位の大ヒット。結果アメリカでミリオンセラー、ゴールド・ディスク。英国で自身のテレビ番組まで持つようになり、その番組の特番としてダスティはモータウン特集を企画し、この贅沢な特別番組にはキラ星のごとくモータウンのスターが勢揃いした。
●ダスティ・スプリングフィールドのプロフィール(その2)

「この胸のときめきを」「二人だけのデート」と並んで大好きなダスティ・スプリングフィールドの曲だが、2曲に比べて知名度が低い。その証拠にWikipediaでは代表曲の中にこの曲はリストアップされていない。しかし聞けば聞くほど心にしみる名曲。ダスティ最大の代表曲「この胸のときめきを」にも引けをとらないと思うのでここに取り上げることにした。1967年の作品。

オリジナルと英語の歌詞の両方を最後に記載する。



ダスティ・スプリングフィールドのプロフィール(その3)

1969年、人気はやや下降気味となったが、アトランティックの重鎮を制作陣に迎えブルー・アイド・ソウルの名盤「Dusty In Memphis」を発表し評論家から絶賛される。しかし商業的には成功とは言えず、以後長期のスランプ状態に陥る。

1970年代のダスティは、数々のレコード会社を転々とすることになり、精神的にも不遇の時代であった。

1983年に、ダスティはロサンゼルスで長年のドラッグとアルコール中毒を克服する。

1986年、以前からダスティを敬愛していたペット・ショップ・ボーイズとレコーディングした「What Have I Done To Deserve This?(とどかぬ想い)」が全英と全米で共に最高位2位という大ヒットを記録した。

1994年アルバム「A Very Fine Love」の発表後まもなくダスティは乳がんと診断され、手術を受け、一時は快方に向かったものの、1997年に再発し、1999年3月9日59歳の若さでこの世を去った。ダスティがロックの殿堂入りを果たす5日前のことであった。彼女の死の直前には大英帝国勲位(OBE)が贈られている。

フランスのジャック・プレルがオリジナル

邦題は「行かないで」

フランス・シャンソン界の大御所ジャック・プレル59年の作品。

60年のADFディスク大賞を受賞したLPに収録されている。英語詞はロッド・マッケン(Rod Mckuen)作。

Ne Me Quitte Pasの英語バージョンで広く世界に知られた。ダスティが途中でフランス語で歌ってるのはそんな経緯があるから。

ジャック・プレルの詩は難解で深いらしく英訳も簡単ではないらしい。

ダスティはこの曲と同じくシャンソンからシャルル・アズナブール(Charles Aznavour)のHier encoreを「Yesterday When I Was Young」として歌っている。

既に紹介したように代表曲の「この胸のときめきを」はカンツォーネからのカバー曲である。このように彼女はシンガーとしてだけではなく、広く視線を外国の音楽にも配り優れた楽曲を発掘するという、プロデューサー的な役割を果たしていた。

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★作者自身のオリジナル

ジャック・ブレル本人の汗をかきながらの熱唱は必見の価値がある。ラブソングと思われているが、ジャック・ブレルが語ったところによれば、この曲は男の臆病さ・卑怯な面を歌った曲だとか。

女優であり歌手であった恋人スザンヌ・ガブリエロにつらく当り、悲しませ別れを告げられたブレル。その時スザンヌは身ごもっており、しかしブレルは認知を拒否し、スザンヌは中絶した。そのあとに作られたのが”Ne Me Quitte Pas”

人気絶頂だった1966年オランピア劇場でのコンサートで突然「これが最後のコンサートツアーになる」と宣言し歌手生活に終止符を打った。その後がんで1978年10月他界。

Jacques Brel(ジャック・プレル) – “Ne Me Quitte Pas”

Jacques Brel – Ne Me Quitte Pas

Dusty Springfield(ダスティ・スプリングフィールド)

この曲を歌ってる大物は数え切れない。僕がオリジナルだと思い込んでいたのがこちら。それほど世界中に広めた功績は大きい。

Dusty Springfield – If You Go Away

映画に使われたダスティバージョン

このダスティのバージョンが映画「TOAST」の少年が母親を偲び主を失ったドレスを相手に踊るシーンで使われた。

Dusty Springfield If You Go Away ♥ OST Toast

「行かないで」サイトマップ

行かないで(If You Go Away"Ne Me Quitte Pas")第2章~Jacques Brel,Dusty Springfield
Julio Iglesias(仏語)、Shirley Bassey、Brenda Lee、Barbra Streisand、Frank Sinatra、Tom Jones、Glen Campbell、Scott Walker、Patricia Kaas

<第2章>
Julio Iglesias(フリオ・イグレシアス) – Ne Me Quitte Pas
   ・Shirley Bassey(シャーリー・バッシー) 英語
   ・Brenda Lee(ブレンダ・リー)
   ・Barbra Streisand(バーバラ・ストレイサンド)
   ・Frank Sinatra(フランク・シナトラ)
   ・Tom Jones(トム・ジョーンズ)
   ・Glen Campbell(グレン・キャンベル)
   ・Scott Walker
   ・Rod Mckuen(英語詞をつけた)

https://ryoumablog.work/blog/if-you-go-away-ne-me-quitte-pas-jacques-brel-dusty-springfield-3/

<第3章>
●フランス語のカバー
   ・Mari Trini(スペイン人)
   ・Maysa(ブラジルのサンバ歌手)
   ・Nina Simone(ニーナ・シモン)
   ・Sting(スティング)
   ●ドイツ語のカバー
Mariene Dietrich(マルレーネ・ディートリッヒ)
   ●イージーリスニング
Paul Mauriat(ポール・モーリア)

 
行かないで(If You Go Away"Ne Me Quitte Pas")第4章(完)~Jacques Brel,Dusty Springfield
1967年のアルバム「Where Am I Going?」、1969年に発表された歴史的名盤「Dusty In Memphis」、黒人音楽を本当に理解し、同格の魂を感じる音楽ができる人「ブルー・アイド・ソウル」として、黒人たちから理解と尊敬の念で迎えられたアーティスト

<第4章>
この曲の他にもダスティの名曲は多い
   ・The Look Of Love(恋の面影)
   ●歴史的名盤「Dusty In Memphis」
   ●ブルー・アイド・ソウル
   ・Son Of A Preacher Man(プリーチャー・マン)
   ・映画「Pulp Fiction(パルプ・フィクション)」のサントラ盤
   ・Spooky
   ・Yesterday When I Was Young
   ・What Have I Done To Deserve This?
   ・In Private(イン・プライベイト)
   ●●歌詞
    ★オリジナル
    ★英語詞

 

 

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