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恋の終列車(Last Train To Clarksville)~The Monkees

Artist(English)
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はじめに

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 モンキーズが66年に発表したデビュー曲。モンキーズはアメリカがザ・ビートルズに対抗する目的で結成させたグループ。

 オーディションで集められたメンバーで結成され、一人を除いて素人だったという。

 この曲はビートルズの「ペイパーバック・ライター」のフェイドアウトしていく部分にインスパイアされて作られたという。66年に全米1位を獲得している。原題は「Last Train To Clarksville」

日本発売盤ジャケット

グループの発足

 1965年9月8日スターを目指す多くの若者が愛読する業界紙『デイリー・バラエティ』にこんな内容の広告が掲載された。

 1964年から猛威を振るっていた”ビートルズ旋風”。それを目の当たりにした海千山千のアメリカ芸能関係の猛者達が当然これに便乗した企画を考え始めた。

 米国の音楽出版社「アルドン・ミュージック」の総帥ドン・カーシュナーが、自らが副社長を務める映画・TV制作会社「スクリーン・ジェムス・コロンビア」のバート・シュナイダー、ボブ・ラフェルソンと共に企画したのが、ビートルズ主演の『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day’s Night)』をヒントに同様なTVシリーズ番組の制作で、主役のバンドを英国勢の対抗馬となるアイドルとして売り出していこうというものであった。



1965年9月のオーディション

 ビートルズの対抗馬とするためのグループだが、ビートルズのようなソングライティングの才能や演奏力は二の次で、コミカルなアイドル主演ドラマに相応しいキャラクターとルックスに主眼が置かれたため、オーディション参加者の中には、のちにバッファロー・スプリングフィールドを結成するスティーヴン・スティルスや、後年名声を得るポール・ウィリアムス、ヴァン・ダイク・パークスなどもいたが、みんな不合格となっている。

 4人の個性的な若者を求める新聞広告に集まった応募者は437人。実際はスポンサーのコロンビア・ピクチャーズの推薦する英国の俳優デイヴィ・ジョーンズのメンバー入りは内定していたため、残る436人の応募者が3つの座を競うこととなった。

そしてオーディション合格したのがこの4人。

デイヴィ・ジョーンズ(Davy Jones)  ヴォーカル、パーカッション
ミッキー・ドレンツ(Micky Dolenz)  ヴォーカル、ドラムス
マイク・ネスミス(Mike Nesmith)   ヴォーカル、ギター
ピーター・トーク(Peter Tork)   コーラス、ベース

 こうしたモンキーズの誕生はビートルズ旋風がもたらした副産物であり、ある程度の成功は最初からの約束事だった。

 募集広告から1年後の1966年9月に始まったNBC系列のTV番組が『モンキーズ・ショー』であった。それに先立って8月16日にリリースされたデビュー・シングルがこの曲であった。11月5日には全米1位を獲得するという順調な滑り出しで4人は一躍アイドル・スターとなった。

 このTV番組は翌67年から日本でも放映され人気番組となった。ほぼリアルタイムで外国のアイドルを見ることが出来た最初のケースであった。

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この曲はビートルズのある曲を意識して作られた

 ビートルズの「ペイパーバック・ライター」は1966年5月に発表された12枚目のオリジナル・シングル曲であり、「恋の終列車」はその5か月後にリリースされた。

 この曲を書いたのはTommy BoyceとBobby Hartという多作の作詞作曲デュオで、内容はヴェトナム反戦の歌だという。

 原題にある「Clarksville」はテネシー州の都市のこと。ここにある軍の基地に向かう男が、電話で彼女に、間に合わないことをわかっていながら、「クラークスヴィル行きの最終列車に乗ってくれ。駅で待っているから。」と伝える内容になっている。

モンキーズ旋風が日本音楽界に与えた影響

 「恋の終列車」「アイム・ア・ビリーヴァー」に続く第3弾シングルとして67年3月に日本発売された「モンキーズのテーマ」は20万枚を超えるセールスを記録して、オリコン4位まで上がる大ヒットとなった。

 そして1967年10月6日、日本でもTBS系で『The Monkeys Show』の放送がスタートしたことによって、日本におけるモンキーズ人気は決定的なものになった。

 モンキーズの全盛期は丁度日本のGSブームと重なる。「モンキーズのテーマ」の歌詞を変えて自分たちのテーマとして歌ったザ・タイガースもその一つである。

 TV番組とレコード販売をリンクさせて新人タレントを売り出すという、当時としては画期的だったメディアミックス戦略。そしてモンキーズの楽曲の殆どをアルドン・ミュージック契約のソングライターたちが書き下ろし、トミー・ボイスとボビー・ハートのコンビによる、サウンド・ディレクションの下、売れっ子スタジオ・ミュージシャン集団によるバッキング演奏で効率よくヒット・レコードを量産していく。

 こういった制作システムがこの後の日本音楽界に大きな影響を与えたことは言うまでもない。

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モンキーズの歌声と映像

The Monkees(ザ・モンキーズ)

The Monkees – Last Train To Clarksville 1966

PVか?

The Monkees Last Train to Clarksville

ライブ映像

Monkees "Last Train to Clarksville" live video

映画「ザ・モンキーズストーリー」予告編

ザ・モンキーズストーリーDAYDREAM BELIEVERS 予告編



類似点が指摘されたビートルズの曲

Paperback Writer – The Beatles

Paperback Writer – 1s Preview

モンキーズのシングル、アルバムを網羅している充実したデータベース・サイト。

THE MONKEES




<歌詞>

Take the last train to Clarksville,
And I’ll meet you at the station.
You can be be there by four thirty,
‘Cause I made your reservation.
Oh, no, no, no!

‘Cause I’m leavin’ in the morning
And I must see you again
We’ll have one more night together
Til the morning brings my train.
And I must go, oh, no, no, no!
Oh, no, no, no!
And I don’t know if I’m ever coming home.

Take the last train to Clarksville.
I’ll be waiting at the station.
We’ll have time for coffee flavored kisses
And a bit of conversation.
Oh… Oh, no, no, no!
Oh, no, no, no!

Take the last train to Clarksville,
Now I must hang up the phone.
I can’t hear you in this noisy
Railroad station all alone.
I’m feelin’ low. Oh, no, no, no!
Oh, no, no, no!
And I don’t know if I’m ever coming home.

Take the last train to Clarksville,
Take the last train to Clarksville,
[repeat and fade]

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