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リトル・ダーリン(Little Darling)~The Gladiolas,The Diamonds

Artist(English)
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54年結成されたカナダの4人組ザ・ダイアモンズ(The Diamonnds)の代表曲

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 57年に8週連続2位という記録を残している。オールデイズの定番曲でもある。軽快な曲調に加えて愉快なパフォーマンスが受けて大ヒットとなった。

 この曲はまず、イントロの歌い出しで「ヤ~、ヤーヤーヤヤ~」というファルセットで始まる所がとても印象的でコミカルな曲で、それと対照的なのが間奏に出て来る低音ボイスの語り(セリフ)である。この時代のヒット曲の中でも、アップテンポで楽しい曲の筆頭にあげられる一曲だ。

 だからドゥワップ・コーラスをロックンロールに取り入れて、それを愉快にコミカルに仕上げた、という所がこの「リトル・ダーリン」がヒットした原因であろう。

 このダイヤモンズは当時、他に黒人のリズム&ブルースを数多くカバーしてヒットさせていたが、後になって当時の彼らは「黒人音楽をパクッた」と言われていた。

 当時のアメリカではまだまだ人種差別という問題があって、黒人音楽がメジャーのヒットチャートには昇りにくいという状況があり、オリジナルの黒人音楽をカバーしてメジャーヒットさせた白人達が多く居たのも事実である。

 オリジナルメンバーが94年に再結成してライブ活動をしていた。若い頃の彼らも素晴らしいがかなり年季が入って04年のライブは愉快なパフォーマンスも当時そのままで感動さえ覚える。客席は彼らと同じ老境に差し掛かった人達が多いにもかかわらず、熱狂的に拍手をする様子は一見の価値がある。

オリジナル

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 この曲のオリジナルはThe DiamondsではなくThe Gladiolasであった。

 この曲は1957年にモーリス・ウイリアムス ( ザ・グラジオラスのリーダー ) が作詞・作曲したドゥーワップ調のR&Bで同年に自演のレコードをリリース、全米11位になっている。

The Gladiolas

Little Darlin'/The Gladiolas

The Diamonds(ザ・ダイアモンズ)

グループの概要

 カナダのトロントで結成された4人組のヴォーカル・グループ

オリジナル・メンバー
デイヴ・サマーヴィル(1933年生まれ、Lead)
テッド・コワルスキー(1931年生まれ、Tenor)
フィル・レヴィット(1935年生まれ、Baritone)
ビル・リード(1936年生まれ、2004年死去、Bass)
後に、テッドとビルがグループを離れ、ジョン・フェルトンとエヴァン・フィッシャーが参加。

 最初の録音は、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの「恋はくせもの(1956年全米12位)」のカヴァーだった。

 クローヴァーズ(Love,Love,Love、1956年全米30位)、ウィローズ(Church Bells May Ring、1956年全米14位)、ジー・クレフツ(Ka-Ding-Dong、1956年全米35位)、ハートビーツらのカヴァーも録音。

 彼らの最大のヒットは1957年の此の「リトル・ダーリン」
その後、「Words Of Love(1957年全米13位)」、「Zip Zip(1957年全米16位)」、「Silhouettes(1957年全米11位)」、「The Stroll(1958年全米5位)」、「High Sign(1958年全米73位)」、「Kathy-O(1958年16位)」、「Happy Years(1958年全米73位)」、「Walking Along(1958年全米29位)」、「She Say (Oom Dooby Doom)(1959年全米18位)」等のヒットを放った。

 1961年、「One Summer Night(全米22位)」のヒットを最後にグループは解散した。

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デビューに至るまで

 1953年、デイヴはカナダのトロントにある放送局のCBSでサウンド・エンジニアとして働いていた。CBSが製作していた番組の一つに、「Pick The Stars」と言うタレント・ショーがあった。

 彼はそのショーに出演するために廊下で練習している4人組男性に気付き、立ち止まって聞いていた。挨拶を交わした後、彼は此の4人組が競争を勝ち抜いて行くための準備が出来ていないと確信し、彼らのマネージャーになる事を提案した。

 グループはその時、スタン・フィッシャー、テッド・コワルスキー、フィル・レヴィット、ビル・リードの4人だった。彼らはその提案を受け入れ、デイヴは数ヶ月間のツアーを敢行し、CBSの空きスタジオでの練習も行わせた。

 クリスマスの時、彼らは地方の小さな教会のクリスマス・パーティで歌った。その日はたまたま、リード・シンガーのスタンの法律の試験の日だったので、彼は勉強しなければならなかった。デイヴは全ての歌を知っていたのでスタンの代役として歌った。

 デイヴのリードによる聴衆の反応はとても素晴らしいものだったので彼らは、その夜、プロになる事を決心した。此の運命的な出来事で、スタンは法律学校に留まり、グループの活動を続けない事を決心した。

 デイヴは此の侭、リード・シンガーとなり此の夜、ダイアモンズが誕生した。

 1955年、歌手活動に専念するためメンバーは大学や仕事を辞めた。

 後に彼らのマネージャーとなるナット・グッドマンは彼らを、スカウト・ショー「アーサー・ゴッドフリーのタレント・スカウト」に出演させた。その結果は彼らと他の出場者には手詰まりになるものだった。

 ゴッドフリ-のショーに1週間、ゲスト出演したと言う評価で、コーラル・レコードと録音する契約を結んだ

着実にステップアップ

 1955年、コーラルでは、チアーズのカヴァーの「Black Denim Trousers And Motorcycle Boots」を含む4枚のシングルをリリースした。ダイアモンズのヴァージョンは数千枚売れたが小さな地方の評価を得るには十分だった。

 次の段階はクルー・カッツ等のグループが、有名になって行ったディスクー・ジョッキー、ビル・ランデルのオハイオ州クリーヴランドでのオーディションだった。

 ランデルは彼らに好印象を持ちマーキュリー・レコードを紹介し、彼らは契約した。

 此の時代、黒人アーティストは白人のラジオ局では演奏しなかった。他のメジャーなレコード会社と同様にマーキュリー・レコードは、聴衆を増やす目的で黒人アーティストの作品を彼らにもカヴァーする様に指示した。

 彼らのマーキュリーでの最初の録音は、フランキー・ライモン&ティーンエイジャーズの「恋はくせもの(1956年全米12位)」のカヴァーだった。

 彼らはまた黒人グループの、クローヴァーズ(Love,Love,Love、1956年全米30位)、ウィローズ(Church Bells May Ring、1956年全米14位)、ジー・クレフツ(Ka-Ding-Dong、1956年全米35位)、ハートビーツらのカヴァーも録音した。

 彼らの最大のヒットは1957年の此の「リトル・ダーリン」で、オリジナルはグラジオラスだった。彼らはロックンロールもやる事を契約したが、マーキュリーは「ミート・シリーズ」の一つとして、ピート・リュゴロと組ませた。

 そのアルバム・タイトルは「The Diamonds Meet Pete Rugolo」と言うもので、ダイアモンズが彼らのルーツとし、スタンダードを確立するのを可能にした。

 彼らは、ステーヴ・アレン、ペリー・コモ、ヴィック・ダモーン、トニー・ベネット、ポール・ウィンチェル等の、TVショーや、アメリカン・バンドスタンドに出演した。

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解散と再結成

 1961年、「One Summer Night(全米22位)」のヒットを最後にグループは解散した。1973年、彼らはTVのスペシャル番組に出演し再結成された。彼らは時々、ナイトクラブ、カジノをツアーして回った。

 1982年5月、ネヴァダ州スパークスのナゲット・カジノで公演するために、ジョン・フェルトンが向かっていたがプライヴェート・ジェットが墜落し亡くなった。

 1984年、カナダのジュノー賞の殿堂入りを果たした。

 1989年、ディオン&ザ・ベルモンツ、フラミンゴス、シルエッツとロックンロール・ツアーに参加するため再結成された。

 1987年、「Diamonds Are Forever」と言うアルバムをカントリー・マーケット向けにリリースした。「Just a Little Bit(全米63位)」、「Two Kinds Of Women」の2曲がヒットした。

 オリジナル・メンバーは様々な理由で引退したが、1990年代までにゲイリー・オーウェンズ(1975年から)、ボブ・ダンカン(1989年から)、ジェリ-・シギンズ(1991年から)、ビル・ニュー(1993年から)の4人で構成され、カジノやナイトクラブをツアーしていた。

 1998年、ボブ・ダンカンは脱退し、クルー・カッツを再結成した。

 2004年4月21日、PBS(Public Broadcasting Service)Specialの公開のコンサート「Magic Moments – The Best of 50s Pop」がニュー・ジャージーのアトランティック・シティの「Trump Taj Mahal」と言うカジノ・リゾートで収録され、後日、各地のローカル・TV・ネットワークに放送されたが、ダイアモンズはオリジナル・メンバーで出演した。

 2004年10月、ヴォーカル・グループの殿堂入りを果たした。

 2006年、ドゥー・ワップ・グループの殿堂入りを果たした。

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The Diamonds(ザ・ダイアモンズ)の歌声

当時の音源

Little Darlin'-The Diamonds-1957

04年のライブ

https://www.youtube.com/watch?v=hmT1-jEmK74

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