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ロンサム・タウン(Lonesome Town)~Paul McCartney

Artist(English)
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はじめに

この曲のオリジナルは後述するリッキー・ネルソンが歌って1958年にヒットしたバージョンである。Thomas Baker Knightの作品。その後数々のカバーがリリースされている。恥をさらすようだが自分はオリジナルはもちろんカバーの存在も知らなかった。

それが「ヤング・ワールド」を書くための調査をしている段階でPaul McCartneyのカバーを偶然聞く機会があった。Paul McCartneyの心に沁みる歌唱に心をとらえられ、何度も聴いているうちにマイ・フェーヴァリット・ソングの一つに加わるまで時間はかからなかった。Paul McCartneyの歌うこのロンサム・タウンは絶品で、彼の思い入れが切なく響いてくる。ヒットチャートの実績ではリッキー・ネルソンのオリジナルバージョンに遠く及ばないが、自分だけの宝物として人知れず大切に温めるのも格別の喜びがある。

その後の行動は自分で言うのも変だが実に迅速であった。このPaul McCartneyのカバー曲が収録されているアルバム「Run Devil Run」を借りてきて、iTunesに早速インポートした。それからは自宅ではPCで、外出先ではiPadでこの曲を聴く毎日が始まったのである。

アルバム「Run Devil Run」(1999年)のジャケット

Paul McCartneyの亡妻リンダが大好きだったLonesome Town

ライブでは亡くなった妻リンダに向けて「二人が知り合うずっと昔、この曲が好きで、大西洋を挟んだ違う場所で同じ時期に聴いていたんだ」というMCの後この曲を歌っている。良い音楽というのはこのようにして受け継がれていくものだと思わせる話である。おそらくリンダがよほどこの曲が好きだったので、彼女に捧げるに相応しいとポールは考えたのであろう。

リンダは少女時代、母親に内緒で夜中に家を抜け出し、バディホリー&クリケッツのコンサートに行くほど、ロックンロールが好きだった。そして母を同じく乳がんで失った時も、心の拠り所はロックンロールだった。

彼女はポールの伴侶であると同時にポールの音楽的なサポーターであった。ウィングス時代にはキーボード&コーラス担当として世界中をツアーして回ったし、ポールのソロ作品集には大抵彼女の名前がクレジットされている。

リンダがこの歌が特別好きだったことを思い出しながら、ポールは心を込めて歌っている。その思い入れが、理由を知らない人をも揺り動かす力になっている。

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リンダが生前に提案していたロックンロールのカバーアルバム”Run Devil Run”

1998年4月に乳がんで亡くなったポールの妻リンダの生前の提案により作られたロックンロールのカバーアルバムである。全16曲の内オリジナル3曲を除き、エルヴィス・プレスリー、カール・パーキンスといった、ポールに強い影響を与えたミュージシャン達のカバー曲が収録されている。

その楽曲は今日スタンダードとしてよく知られているものは少なく、あえてシングルのB面曲のようなマイナーな曲も選ばれており、ポールのルーツを垣間見ることができる。

懸命な看病も空しく愛妻リンダが亡くなって、意気消沈していたポールが再び「Run Devil Run」を製作するきっかけになったのは、リンダの遺書に書かれていたメッセージ「ロックンロールがあなたにはあるじゃなの!」という一言でポールは蘇ったという。

ポールは「何らかの形で過去に立ち返ってみる必要がある」と述べているが、リンダを失ったポールは再び自らの原点を見つめ直したのだ。

ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモア(David Gilmour)、ミック・グリーン(Mick Green)、デイヴ・マタックス、ディープ・パープルのイアン・ペイス(Ian Paice)など実力派がバックを務め、迫力ある演奏と、若返った感のあるポールの力強いヴォーカルがこの作品の大きな魅力となっている。特に鋭いシャウトと力強いファルセットはビートルズとしてデビューした当時の若々しさが蘇ったと感じさせる。

このアルバムは当初からコンセプトを持って制作されているため、ポールのボーカルや演奏にも気合が入っていて迫力満点である。

全体的にアップテンポな曲で占められていることや、ほとんどの曲を3分未満の演奏時間にしっかりまとめ上げていることも、アルバムに力強さ・タイトさを感じさせる要因となっている。

初期ビートルズのような短期・集中的レコーディング

デビュー当時のビートルズは一発録りの短時間でレコーディングを終えていた。その表現方法・勢いを取り戻すべく、当初ポールは、このアルバムのレコーディングを一週間で仕上げてしまおうと思っていた。結局は1999年3月~5月の間になじみのアビーロード・スタジオで短期間・集中的に行われた。

初期ビートルズのレコーディング・スタイルの実践は、次作「ドライヴィング・レイン」にも受け継がれた。プロデューサーはクリス・トーマス。

ポールのロックンロールのカバーアルバムといえば、1988年の「バック・イン・ザ・USSR(CHOBA B CCCP)」がある。両者を比べると選曲の仕方に微妙な違いが見られる。

「Run Devil Run」の方が知名度の低い、マイナーな曲を選んでいる点と、カバー曲のみならずポールの自作曲を3曲も収録されている点である。

いずれも力強さを感じさせるロックンロールで、「ロックンロール・カバー集」というコンセプトを崩していない。

PETA主催のパーティ

この時のポールの艶のあるボーカルは出色の出来である。

リンダ追悼コンサート(1999年4月)

ロンドンのロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall)にて1999年4月10日に行われたリンダ追悼コンサート。

Paul McCartney (The Beatles) – Concert for Linda
Paul McCartney / Lonesome Town



リバプール(Liverpool)のキャバーンクラブ(The Cavern Club)でのライブ(1999年12月14日)

キャバーンクラブで久しぶりのライブを行った時の映像。キャバーン自体は300人収容程度なのだが、このライブを見たのは幸運な300人だけではなく、世界中で300万人もいた。即ちこのライブはAOLでインターネット中継された。その後DVDとしてもリリースされた。

曲目は直前に発表されたアルバム「Run Devil Run」からのものが中心。このアルバムがポールが「青春の曲を振り返る」というコンセプトだったので、それに最もふさわしい場所としてキャバーンが選ばれたものであろう。

今から半世紀以上前にビートルズが活動したクラブとしてその名は伝説になっている場所である。この時のメンバーも豪華版で、元ピンクフロイトのギター デヴィッド・ギルモア(David Gilmour)やディープ・パープルのドラム イアン・ペイス(Ian Paice)であった。

Paul McCartney Lonesome Town

ところでこの曲をカラオケで歌いたいと思ってDAMで検索してみたところ、収録されていないことがわかった。以前にも書いたが洋楽カラオケの収録数は非常に貧弱極まりない。

ということで歌詞がカラオケ風に表示される動画を見つけたので、これで一緒に歌って我慢するしか今のところ手がないというのが現状だ。

Paul McCartney – Lonesome Town (Subtitulada Inglés/Español)

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オリジナルはリッキー・ネルソンの1958年のヒット

Ricky Nelsonが歌って1958年全米7位を獲得したヒット曲。

日本ではあまりヒットしなかったので、一部のマニアを除いて認知度は低かった。エルヴィスのバックコーラスとして知られているザ・ジョーダネアーズがリッキーを引き立てている。このような曲調の方が彼には合っていると思うのだがどうだろうか。

Ricky Nelson – Lonesome Town (1958)

この曲はニール・セダカが歌って日本では大ヒットしたが米国ではヒットしなかった名曲「恋の片道切符」(1959年)の歌詞の中で使われている。ニールにしては珍しく自作ではない曲が日本で最大のヒットとなったのは皮肉だが、この曲が言葉遊びの曲でもあることはあまり知られていない。エヴァリー・ブラザーズ『バイ・バイ・ラヴ』、プレスリー『ハートブレイク・ホテル』、ハンク・スノウ『ア・フール・サッチ・アズ・アイ』、そしてリッキー・ネルソンの『寂しい町』のタイトルを歌詞の中に織り込んでいる。

名曲の証、カバーが多数

映画「Pulp Fiction」のサウンドトラック(Ricky Nelson)1994年

Pulp Fiction Soundtrack – Lonesome Town (1958) – Ricky Nelson – (Track 6) – HD

The Ventures

The Ventures – Lonesome Town (stereo) .wmv

The Cramps

The Cramps – Lonesome Town

Brian Hyland(ブライアン・ハイランド)

Brian Hyland – Lonesome Town




<歌詞>

意味を知りたい人は下記をチェックされたい

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