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ルイジアナママ(Louisiana Mama)~Gene Pitney

Artist(English)
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はじめに

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 これもオールデイズの定番、ルイジアナママ(Louisiana Mama)

日本発売盤ジャケット

Gene Pitney

プロフィール

 41年2月アメリカ・コネチカット州ハートフォード ( Hartford ) 生まれ。アメリカのシンガー・ソングライター。

 独特の張りのある歌声で人気を博し、「恋の痛手 (Only love can break a heart)」、「リバティ・バランスを撃った男 (The man who shot Liberty Valance)」、「非情の町 (Town without pity)」等、多数のヒットを持つ。

 ピットニーといえば60年代の ”ティーンアイドル ” である一方、日本では 「 ルイジアナ・ママ 」 のオリジナル歌手として有名だが、当初はロイ・オービソンへの 「 Today’s Teardrop ( 今宵のなみだ ) 」 、 ボビー・ヴィーへの 「 Rubber Ball 」 、 クリスタルズの 「 He’s a Rebel 」 、又リッキー・ネルソンへの 「 Hello Mary Lou ( ハロー・メリー・ルー ) 」 など、ソングライターとして成功を収めた。

ラバー・ボール(Rubber Ball)~Bobby Vee
日本では翌62年にヒット。43年米国生まれのボビー・ヴィーは59年から70年にわたり計38曲をチャートイン、うち10曲はトップ20。ソロ第2弾クローバーズのカバーが全米6位となりスターの仲間入り。続くこの「Rubber Ball」のヒットで国際的スターの地位を得る。
ハロー・メリー・ルー(Hello Mary Lou)~Ricky Neison
1957年から72年にかけてのリッキー・ネルソン人気のピーク61年5月に出たのがこの曲。A面が「トラベリング・マン」という全米1位を獲得した曲のB面であったが、こちらも全米9位。ジェームズ・バートンのギター・ソロが盛り込まれており、後のギタリストたちによってしばしば引用された。

 その後61年、彼自身ミュージカー・レーベルから 「 ( I Wanna ) Love My Life Away 」 でデビュー。ポール・アンカ、ニール・セダカ そして ジーン・ピットニーで ” オールディーズ御三家 ” と言われている。

 ジーン・ ピットニーが歌った歌でアメリカでヒットしたのは、「 非情の町 Town Without Pity 」 や、「 リバティ・バランスを射った男 (The Man Who Shot) Liiberty Valance 」 位である。

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 ロカビリーや初期のロックン・ロールが急激に人気を失うと同時に、ジーン・ ピットニーの歌手としての人気も下り坂となる。それでも67年の作品のリメイク版 「 Something Gotten Hold Of My Heart ( 心はいつも君のもの ) 」 を 、89年にデュエットで発表、見事イギリスでNo.1となり復活を果たしている。

 キビキビとした快活な歌声と甘いルックスで、世界中の乙女心を蕩かせ、マルチな才能を発揮していたジーン・ピットニー。しかしそんな才能豊かなアーティストであった彼はなぜか、世間の評価が低く感じられるのは残念。アメリカン・ポップス全盛期に彼の果たした役割は偉大である。2006年4月5日 イギリスでのツアー中に死亡。 享年65歳。

 ジーン・ピットニーに関することはここにも詳しい。

ジーン・ピットニー Gene Pitney
ジーン・ピットニーは60年代の大ヒット曲である「非情の町」、「リバティ・バランスを射った男」そして「ルイジアナ・ママ」で知られているアイドル歌手でした。
時代の波に乗り続けた男/ジーン・ピットニー
ロック、ポップ・ミュージックのアーティスト達は、普通の人とは違う才能、そしてちょっとした運があってデビューする。彼等は一度ヒットを飛ばした後、目の前に立ちはだかる壁を打ち破り、更に高みに挑戦する者もいるが、多くはそのポジションをなんとか維持し続ける為に必死になる。 維持する為には挑戦を止め、成功したスタイルをやり続けて...

 ジーン・ピットニーの写真集

ジーン ピットニー ストックフォトと画像 - Getty Images
ゲッティイメージズなら最適なジーン ピットニーのストックフォトやとニュース写真が見つかります。他では入手できない品質の高い写真がダウンロードできます。

Gene Pitneyの歌声と映像

Gene Pitney – Louisiana Mama (HQ)
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カバーセレクション

Durwood Todd

Louisiana Mama – Durwood Todd

The Flying Saucers

The Flying Saucers – Louisiana Mama

The Foggy Mountain Rockers

Foggy Mountain Rockers – Lousiana Mama

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Bob Mosley

Louisiana Mama Bob Mosley

Cosh Boys  フィンランドのグループ

Cosh Boys – Louisiana Mama
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日本でも大ヒットとなり多数の競作盤が出た

 日本語カバー曲も沢山あった中で、やはり飯田久彦のものが最も多く流れていたように思う。日本語の歌詞の”びっくり仰天有頂天”というのを今でも日常会話で時々使ってしまうが誰も気づいてくれないのが寂しい。

飯田久彦の当時のレコード

LOUISIANA MAMA – HISAHIKO IIDA (1962)

飯田久彦のかなり最近の懐メロコンサートか

ルイジアナ・ママ(飯田久彦)

弘田三枝子

ルイジアナ・ママ – 弘田三枝子

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五木ひろし

五木ひろし – ルイジアナ・ママ(コーラス 高橋愛・田中れいな・矢島舞美・鈴木愛理)

藤木孝

藤木孝 ルイジアナ・ママ 1961 / Louisinia Mama

氷川きよし&ささきいさお 9:07から

ささきいさお&秋川雅史 スペシャルステージ full

山口百恵の音源もアップされていたが現在は削除されている。



<歌詞>

She’s my red hot Louisiana mama
From a town called New Orleans
Golden hair and eyes of blue
My real live Dixie queen
My Louisiana mama from New Orleans

She lives down on the bayou
When she’s really wild as can be
My heart longs to be there
So that once again I can see
My Louisiana mama from New Orleans

I met her at the Mardi Gras
On a warm and bright sunny day
I had to leave her standing there
But I’m going back to stay So if you ever go down the south my friend

To see what you can find
Remember when you get there
She’s mine all mine all mine
My Louisiana mama from New Orleans

She lives down on the bayou
When she’s really wild as can be
My heart longs to be there
So that once again I can see
My Louisiana mama from New Orleans

I met her at the Mardi Gras
On a warm and bright sunny day
I had to leave her standing there
But I’m going back to stay

So if you ever go down the south my friend
To see what you can find
Remember when you get there
She’s mine all mine all mine
My Louisiana mama from New Orleans

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