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(2/2ページ)マイ・ウェイ(My Way)~Frank Sinatra

Artist(English)
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原曲のシャンソンでは歌詞の内容が異なる

クロード・フランソワ (Claude François)が1967年に作詞して歌った「Comme d’habitude」がこの「マイ・ウェイ」の原曲である。タイトルのフランス語の意味は「いつものように」あるいは「倦怠」という意味で、アイロニーを含んだフランスならではのシャンソンといえる。

作詞はジル・チボー&クロード・フランソワ、作曲はジャック・ルヴォー(Jacques Revaux)。

クロードはスエズ運河の運行管理官として働く厳格なフランス人の父と、おおらかな気性のイタリア人の母との間に生まれた。

しかしスエズ運河はエジプト革命で1956年から国有化され、一家は追放されるようにフランスへ移住した。

フランスでの生活に困窮した一家を救うため、クロードは地味な銀行員を辞め、音楽の道での成功を目指して活動を始めた。その後「ベル・ベル・ベル」の大ヒットで「クロクロ」の愛称で一躍スターダムに乗った。

1967年には自分自身のレーベルを設立し、発表した最初のシングルが「Comme d’habitude」であり、それは恋人だったアイドル歌手フランス・ギャルとの破局から生まれた曲であった。

このフランス語原詩はなんともサエない感じの尻に敷かれた寂しい夫の物語で、夫婦の日常の倦怠を歌ったものであり、ポールアンカ英語詞とは全く異なるシチュエーションとなっていることが面白い。

マイ・ウェイ(My Way)の原曲

Comme d’habitude – Claude François

Comme d'habitude Claude François

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David BowieとMy Wayとの意外な関わり

David Bowieが1stアルバムをリリースした1967年、後年の彼なら考えられないことだが全く売れなかった。デッカ~デラム時代のモッズ少年の頃のボウイは、他のミュージシャンに曲を書いたり、詩を提供したりと小さな仕事もこなしていた。

そんな時のこと、クロード・フランソワの「Comme d’habitude」の英訳依頼を受け、”Even A Fool Learns To Love”として完成させたものの、ボツになってしまった。

Even A Fool Learns To Love – David Bowie

Even a Fool Learns to Love Bowie lyrics to My Way

しかしボツにされたDavid Bowieは、「Life On Mars」で再び「Comme d’habitude」を想わせる曲を世に出すことになった。

LIfe On Mars – David Bowie

David Bowie – Life On Mars? (Official Video)



エルヴィス・プレスリーのMy Way

以下はWikipediaからの引用である

『エルヴィス・プレスリーは、1970年代半ばからコンサートでこの曲を歌い始めた。

1973年1月12日から14日にかけて、プレスリーは世界同時生中継番組「アロハ・フロム・ハワイ」でこの曲を歌い、その模様はインテルサットを介して43か国に中継され、特にヨーロッパではゴールデンタイムだった。なお、アメリカ本土では4月14日のゴールデンタイムにNBCから放送され、全部で世界の10億の人々が視聴した。

彼の死の数週間後である1977年10月3日、「マイ・ウェイ」のライブ・バージョン(1977年6月21日のCBSの特別番組「Elvis In Concert」の録音)のシングルが発売された。アメリカのビルボード・ホット100ではフランク・シナトラ・バージョンを上回る22位を記録し、ビルボード・アダルト・コンテンポラリー・チャートでは 6位となり、50万枚の売上を記録してゴールド認定された。翌年には、ビルボード・カントリー・シングル・チャートで 2位を記録したのに対し、キャッシュボックスのカントリー・シングル・チャートでは 1位を記録した。イギリスでは、全英シングルチャートで 9位記録した。

1971年6月10日にナッシュビルのRCAスタジオBでエルヴィスはこの曲を録音したが、ヴォーカルの重ね録音をしている時に女性バックコーラスに対してエルヴィスは怒り「50回もこの曲やってきたのに、お前達はまだ自分のパートがわかってないじゃないか」と言ってマイクを放り出しスタジオを出て行ってしまい、それがナッシュビルのRCAスタジオBでの最後の録音になってしまった。 この録音は1995年に発売されたボックス・セット「ウォーク・ア・マイル・イン・マイ・シューズ ジ・エッセンシャル70’Sマスターズ」で、発表されるまでお蔵入りしていた。』

エルヴィス・プレスリー

Elvis Presley – My Way (HD)

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Sid Vicious(シド・ヴィシャス)のMy Way

パンクのカリスマ、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスがMy Wayを歌う衝撃的な映像がある。

パリのオランピア劇場でシドが若者から老貴婦人にいたるまで大興奮の渦につつまれた満員の観客の前に降臨し、My Wayを歌い始める。

歌の終わりが近づき聴衆の熱狂が頂点に達した時、突如シドはポケットからピストルを取り出し、客席に向かって銃の乱射を始めるという残酷な映像である。

この映像に関する情報がWikipediaにあるので引用する。

映画『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』には、元々ヴィシャスが観客に発砲して2人の観客が席に沈んで死んでいき、そしてシドはにやついて銃を捨て、観客にV字をみせてステージへの階段をのぼっていく映像があった。監督のジュリアン・テンプルは、元の暴力的な映像を削除し、1950年代からストックされた映像に置き換えた。検閲後のバージョンでは、単に観客へ激しく銃を撃つシドを示すのみで、弾丸や死体の映像はすべて削除された。ミュージック・ビデオは、アレックス・コックス監督の映画『シド・アンド・ナンシー』でシド(ゲイリー・オールドマン)がガールフレンドのナンシー・スパンゲン(クロエ・ウェブ)を殺害する様子を描いている。しかし、映画の中では、彼女は起きて2人で抱き合ったまま暗転する。

シド・ヴィシャスの衝撃映像

Sid ''Vicious'' – ''My Way'' (Original And Complete Version) (1979).avi

シドは極端な麻薬愛好者でコンサート風映像でも目が宙を泳いでいる。彼が歌った歌詞の内容はポール・アンカ作詞のオリジナルに似ているが、よく聞くと”オレはオレ流のやり方でネコを殺した”と解釈の難しい歌詞になっている。

シドの歌った歌詞について、ピストルズのボーカリストであり親友でもあったジョニー・ロットンとの確執がそのまま歌われているとする解説があるので参考になる。

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