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浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)~Billy Vaughn

A--E
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はじめに

 イントロを聞いただけでビリー・ボーンだとすぐにわかるくらい夏になるとどこかからこの曲が流れてきた。

 それくらい生活に密着した音楽だった。原題は「Sail Along Silvery Moon」

 ビリー・ボーン楽団は54年に結成され、その年にすぐ「愛のメロディ」が全米2位のヒットとなった。57年にリリースしたこの曲は58年に全米5位のヒットとなり、ビリー・ボーンの人気と名声を確立した代表曲といえる。番組名は思い出せないがラジオでいくつかの番組でテーマ曲となっていた。

オリジナルはビング・クロスビーの37年「(ON) MOONLIGHT BAY」

 ビリー・ボーンの曲は基本的にカバー曲であるが、この曲も元は37年ハリー・トビアス作詞パーシー・ウェンリッチ作曲でビング・クロスビーがヒットさせた。元の題名は「(ON) MOONLIGHT BAY」であった。更に第1次世界大戦(12年)まで遡る事が出来るようだ。

 Moonlight Bayを聞いてみると「浪路はるかに」と似てるような似てないようなどちらともわからない。アレンジを変えることによってまるで別の曲のようになるということか。

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Glenn Miller – Moonlight Bay

Glenn Miller and His Orchestra 'Moonlight Bay' 78 RPM

Doris Day – On Moonlight Bay

1 Doris Day Moonlight Bay VintageMusic es

Mills Brothers – Moonlight Bay

Mills Brothers – Moonlight Bay 1940

Bing & Gary Crosby – Moonlight Bay

Bing & Gary Crosby-Moonlight Bay

Billy Vaughn – Moonlight Bay

これだけは「浪路はるかに」へつながる片鱗が残っている。

6Billy Vaughn Moonlight Bay



ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)略歴

 彼は、1919年4月12日、ケンタッキー州グラスゴーで生まれた。彼の父は理髪店を営み音楽を愛し3歳の頃にビリーはマンドリンを弾き始めた。その頃彼は麻疹にかかり苦しんでいた。その後ハイ・スクール時代には、ピアノを始め他の色んな楽器に興味を示し学んでいった。

 1941年、彼はアメリカ合衆国州軍に1年間の予定で従軍したが、第2次世界大戦が勃発したため1945年、戦争が終わるまで海外に送られた。

 戦争が終わり除隊した時、彼は作曲家になろうと決心した。そして作曲家を養成する事で有名なウェスタン・ケンタッキー州立単科大学(現ウェスタン・ケンタッキー大学)に通い始めた。

 彼は父から理髪師として学んでいた様でもあった。何故なら大学で学んでいる時、仕事を得られずに小さなナイト・クラブ等でしかピアノを演奏出来なかったので父から経済的援助を得ていたからだった。彼がそこでは学生だったからでもあった。

 また後年「ヒルトッパーズ」と言う3人のコーラス・グループを組む事になるハイ・スクール時代のスポーツ仲間でもあるジミー・サッカ(1929年7月26日生まれ) 、ドナルド・マクガイヤ(1931年10月7日生まれ)、セイモア・スピーゲルマン(1930年10月1日生まれ、1987年2月13日死去)と学んでいた。

 ビリーはピアニストとして彼らに採用された。間もなくビリーも歌い始め3人組から4人組のコーラス・グループとなった。

 1952年、ビリーが作った「Trying」でデビュー、全米7位まで上がるヒットとなった。

 地方のディスク・ジョッキーがランディ・ウッドにその曲のコピーを送った。ランディは「ドット・レコード」を立ち上げたばかりで彼らを気に入り契約、彼らは人気者になって行った。

 グループとしては15曲程のヒットを放ち、最大のヒットは1953年、「P.S. I Love You」でミリオン・セラーとなった。

 1954年、ビリーは才能をかわれて「ドット・レコード」の音楽監督に就任するためグループを離れた。エルヴィス・プレスリーに対抗して、ソフトでロマンティックな平均的アメリカン・ファミリー向けにパット・ブーン等の売り出しに貢献する傍ら、彼自身オーケストラも持ち同年、「Melody Of Love(愛のメロディー)」が全米2位まで上がる大ヒットとなった。

 その後引退する1972年頃まで「A Theme From The Three Penny Opera ‘Moritat'(三文オペラ1956年全米37位)」、「When The White Lilacs Bloom Again(すみれの花咲く頃、1956年全米18位)」、「Sail Along Silvery Moon(浪路はるかに、1957年全米5位)」、「Raunchy(ラウンチー、1957年全米10位)」、「Tumbling Tumbleweeds(タンブリン・タンブルウィーズ、1958年全米30位)」、「La Paloma(ラ・パルマ、1958年全米20位)」、「Blue Hawaii(ブルー・ハワイ、1958年全米37位)」、「Look For A Star(星を求めて、1960年全米19位)」、「Wheels(峠の幌馬車、1961年全米28位)」、「A Swingin’ Safari(スウィンギン・サファリ、1962年全米13位)」等のシングル・ヒットを飛ばし、デビューから引退するまで36枚ものアルバムをリリースした。

 テナー・サックスを生かし、ハワイアンのスタイルをも加味したロカ・フラ・スタイルのサウンドが多いに受け数々のヒットを放った。

 ビリーは、1991年9月26日、カリフォルニア州エスコンディドの病院で癌のため死去。享年72歳。

 現在のビリー・ヴォーン楽団は日本でも20回以上公演し、ディック・シャナハンと言う素晴らしい後継者に恵まれて、ビリー・ヴォーンが編曲し、オーケストラ構成を考えた名ポピュラー・バンドが完成して、公演を重ねる毎に、その時々の音楽シーンを反映させながら、爽快で親しみ易く楽しい本来のビリー・ヴォーン・サウンドを堅持、発展させながら、ファンを魅了し続けている。

 それは簡単な様で実は、大変な努力の積み重ねによってこそ維持されて来たものである。




ビリー・ヴォーン楽団の演奏

Billy Vaughn

SAIL ALONG SILVERY MOON Billy Vaughn

その他のカバー

Andre Moss

ANDRE MOSS……. Sail along silvery moon

Captain Cook

Captain Cook – Sail Along Silvery Moon

Chet Atkins

Chet Atkins, "Sail Along Silvery Moon"
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Roger Paulsson

Roger Paulsson – Sail along silvery moon

Louis Nunley & Kalua Beach Boys

Louis Nunley & Kalua Beach Boys – Sail Along Silvery Moon

Pete Tex

Pete Tex-Sail along silvery moon

Andy Williams

Andy Williams – Sail along silv'ry moon – 1959

Max Greger

Max Greger – Sail Along Silvery Moon

Ricky King

Sail Along Silvery Moon ( Ricky King) Instr

Bert Kaempfert

Bert Kaempfert – Sail Along Silvery Moon

<歌詞>    Andy Williams

Sail along silvery moon
Trail along lover’s lane
Sail along, silvery moon
To my love again

In the glow of your light
Let me see her tonight
Once again, hold her tight
Back in lover’s lane

And then the whole world will seem brighter
As we stroll hand in hand
Two blue hearts will be lighhter
You understand

Sail along silvery moon
Trail along lover’s lane
Sail along, silvery moon
To my love again

 

 

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