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花のサンフランシスコ(San Francisco)~Scott McKenzie

Artist(English)
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はじめに

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60年代後半の若者文化を代表するヒッピー、サイケと共に象徴的な曲の一つがこれ。1967年5月発売されると世界的大ヒットとなり、全米4位を獲得している。英国、アイルランド、独、フィンランドではチャート1位となった。

原題は「San Francisco」これだけでは他の曲と紛らわしいので長い副題が付いている。

ママス・アンド・パパスのジョン・フィリップス(John Phillips) がヒッピーたちの集まる1967年6月のモントレー・ポップ・フェスティバルのテーマ曲として作った作品で、歌っているのが彼の幼友達のスコット・マッケンジー。

“Be Sure to Wear Flowers in Your Hair” (きみの髪に花を飾るべきだ)という長い副題が付いているのは、同名の別の曲と区別するため。

 

モントレー・ポップ・フェスティバル

前年に行われた「モントレー・ジャズ・フェスティバル」からヒントを得て、ジョン・フィリップス(ママス&パパス)と、プロデューサーでダンヒル・レコードのオーナーでもあったルー・アドラーが中心になって開催された。 この曲はその二人がプロデュースしたもの。

そもそもモントレー・ポップ・フェスティバルとは

1967年6月、サンフランシスコ近郊で行われた「モントレー・ポップ・フェスティバル」は、当時はチャリティとして開催されたものだが、これが史上初めての本格的な野外ロック・フェスティバルになったということで、ロック史を語る上では「ウッドストック」と並び、最重要項目のひとつにあげられる。

このフェスティバルが生まれたきっかけは簡単だった。1966年にモントレー・ジャズ・フェスティバルが開催されたとき、これを見た興行主が、「ジャズのフェスティバルがあるなら、ポップのフェスティバルもあっていいだろう」と考えたのが始まり。それから、ビートルズのパブリシスト、デレク・テイラーに協力を要請し、さらにママス&パパスのジョン・フィリップスが共同ディレクターに招かれ、その1年後には計画が実現して大成功となった。

彼らが掲げたテーマは「Music, Love & Flowers」だった。花というのはフラワー・ムーヴメント、すなわち、当時の音楽シーンを席巻したサイケデリックを意味すると考えた方がよさそうだ。

ステージセットもヒッピー風で、ドラッグ体験を思わせるようなサイケなスライド・ショーに彩られている。当時売り出し中のサンフランシスコ派のジェファーソン・エアプレインが出場し、サイケデリック音楽を広めるきっかけとなったのも特筆すべきことだ。



野外音楽フェスの元祖

過去、これほど多数の大物ミュージシャンを一堂に集めた野外コンサートはなかった。ポップとは、ここでは流行音楽を意味する。つまりは、クラシック以外ならロックだろうがフォークだろうがブルースだろうがソウルだろうが、誰でも参加できるゴッタ煮のお祭りをやろうというわけだ。参加者の中にはインド音楽の巨匠ラヴィ・シャンカールまでいる。

6月16日から3日間開催され、16日金曜は夜の部のみ、17日土曜と18日日曜は昼の部と夜の部の2回ずつで、合計5回の大会で、それぞれ入れ替え制で、料金は各回違っていた。入場者はおよそ3万人といわれているが、記録映画などを見てみると、なんともこぢんまりとした印象を受ける。

しかし、これがきっかけで、次々と複合ライブが開催されるようになったのだから、やはりモントレーは野外音楽フェスの元祖として、歴史的価値は大きい。モントレーの成功の後、じつにアメリカだけでも3年間に30以上の野外フェスが開催された(その中にはウッドストックも含まれる)。

モントレーの3つの伝説

まず一つ目が、ジャニス・ジョプリンが所属していたビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーのライブである。2日目の出場で、ジャニスは女性とは思えない物凄い迫力で観客を圧倒し、急きょ3日目にも追加出場することになった。他の男性メンバーが、撮影された映像を見て、彼女しか写ってないことに腹を立てたエピソードもあるらしい。余談だが、「Combination Of The Two」でコーラスをやっているジャニスの振り付けが妙に可愛かったりする。

2つ目は、オーティス・レディング。おそらく今回のライブの主役は彼だったのではないか。白人中心のフェスティバルにして、唯一人、黒人音楽を披露するが、1曲目の「Shake」から物凄いノリで、このまま倒れてしまうんじゃないかというくらいに熱気がほとばしっていた。彼は飛行機事故で若くして死んだ。本当に短い間の活躍だったが、この映像が残っているお陰で、彼はソウル界の伝説となった。




そして3つ目はジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのライブだ。イギリスで活動していたアメリカ人のジミヘンにとって、モントレーはアメリカでの初凱旋ライブである。そのため、ギターに噛みつくわ、逆さに弾くわ、すごいアピールであった。前の回でピート・タウンゼントがギターを壊すパフォーマンスを先にやってしまったため、また同じことをやっても観客が白けてしまうからと、ジミヘンは、突如ギターに股間をこすりつけ、あげくは火を点けて燃やしてしまった。この出来事は、今日も語り草になっている。

フェスティバルの最終トリを務めたのは、ママス&パパス。キャス・エリオットが凄い迫力。ビートも効いて、みんなでノリノリ。「夢のカリフォルニア」は名曲だが、それ以外の曲もダイナミックで名演だった。なお、彼らがスコット・マッケンジーをゲストに迎えて演奏した「花のサンフランシスコ」は、今ではモントレーのイメージソングになった。そしてこの曲はヨーロッパの反戦集会などでも歌われるようになり、翌年チェコスロヴァキアで起こった「プラハの春」における若者たちの集会でも広く歌われた。武器を持たない若者たちが武器の代わりに花で髪を飾り、愛と歌の力だけで世界を変えようとしていた時代が確かにあった。

この曲の時代背景

1965年にアメリカが北ベトナムを爆撃して以来泥沼化していた「ベトナム戦争」に対し、アメリカ国内では『武器ではなく、花を』―をスローガンに掲げた若者たちの反戦運動が各地で起り、「Love and Peace」(愛と平和)の象徴として髪や体に花を飾る ヒッピー と呼ばれる若者たちが様々な形の集会を開いていた。

1950年代半ばから始まった公民権運動が1964年の公民権法制定によって一応の決着を見た頃、アメリカはヴェトナム戦争の泥濘へますます深く足を踏み入れようとしていた。

アメリカ国内では公民権運動や学生運動によって芽生えた反体制的思想が若者たちを反戦運動へと導く。同じ頃、ハーバード大学の心理学教授だったティモシー・リアリーはLSDによる精神向上作用を謳い、サイケデリック・ムーヴメントの指導者としてヒッピーたちの支持を集めていた。やがて「反戦」と「サイケデリック」は反体制やカウンターカルチャーを共通項としてひとつに合流する。

1967年初頭、サンフランシスコのゴールデンゲイトパークに3万人にも及ぶ人々が集まった。集まった若者たちはティモシー・リアリーやアレン・ギンズバーグや反戦運動家たちの言葉に耳を傾け、ジャニス・ジョプリンやグレイトフル・デッドの音楽を聞きながらドラッグの幻想に酔った。

彼らは「愛と平和」を合い言葉に、旧体制の国家に見切りを付け、自分たちが新しい時代を作るのだと信じていた。こうした集会は急速にアメリカ全土へ広まり、各地で反戦運動と結びついた。

ベンタゴンではヒッピーたちが自分たちに向けられた銃口に花を指してまわった。人々は彼らを「フラワー・チルドレン」と呼び、1967年という年は後に「サマー・オヴ・ラヴ」と呼ばれるようになる。

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泥沼化するベトナム戦争への平和運動や既存の社会への抵抗として平和と愛を求めて定職に付かず自由放漫な暮らしをするのを良しとしたヒッピーにとっての賛歌がこの『花のサンフランシスコ』である。

歌の中に出て来る「愛の集い」 Love-In とは、ヒッピーたちが宇宙的な愛を表現する場としての集まりで、ほかにも「存在の集い」 Be-In など、さまざまな原始時代の部族社会ふうな儀式めいたイベントが行われていた。

歌詞の端々や途中に聞こえる東洋風の弦楽器のアレンジなど60年代末のこの時代を見事に表している。

John Phillips (ジョン・フィリップス): guitar
Joe Osborn (ジョー・オズボーン): bass
Hal Blaine (ハル・ブレイン): drums
Gary L Coleman (ゲーリー・L・コールマン) : orchestra bells and chimes

※この曲にはモノラル・ヴァージョンと、右からギター、左からドラムの音が聴こえるステレオ・ヴァージョンがあり、当時のシングル・レコードはモノラルであった。

Scott McKenzie(スコット・マッケンジー)

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プロフィール

1939年10月1日のフロリダ生まれ、本名をフィリップ・プロンドヘイムというアメリカのミュージシャン。

彼はこの楽曲の作者「ジョン・フィリップス」とは幼馴染みで「ジャーニーメン」というフォーク・グループにふたりは在籍していた。解散後「ジョン・フィリップス」は「ママス・アンド・パパス」を結成、彼はソロ・シンガーとなり、「ジョン・フィリップス」の楽曲「花のサンフランシスコ」をリリース。

これが大ヒット!一躍時の人となった。ヒット当時すでに20代後半だったことになる。スコット・マッケンジーの歌唱は穏やかで優しげな表情が魅力だ。

スコット・マッケンジーは、ママス&パパス以前、ジョンのバンドがサンフランシスコのナイトクラブで専属バンドをしていたとき、そのメンバーだったヴォーカルであった。ジョンは彼のためにこの曲を書き、その結果、「花のサンフランシスコ」はスコット・マッケンジー畢生の大ヒット曲となった。

まるでサンフランシスコという土地が、望郷の対象であるかのようだ。冒頭では「サンフランシスコに行くのなら」と歌われる歌詞は、中盤以降では「サンフランシスコに来るのなら」と変わるのだが、それでもやはり、あるいはだからこそ、なおもサンフランシスコは遠く離れた憧憬と望郷の対象であるかのようだ。

そしてその憧憬と望郷は、そのまま当時「愛と平和」を合い言葉に集った若者たちの夢見た新しい時代のコミュニティへの憧憬と望郷だったのではないか。今になって俯瞰してみれば、それはまるで、そうしたムーヴメントがけっきょくは幻想のままに終わってしまうことを暗示しているようにも思われてしまうのだ。

歌声と映像

スコット・マッケンジー

San Francisco – Scott McKenzie

モントレーの野外フェスティバル

Scott McKenzie – San Francisco 花のサンフランシスコ



カバーセレクション

PH Electro

PH Electro – San Francisco (Official Video HD)

Johnny Hallyday(フランス語)

Johnny Hallyday San Francisco

Bobby Solo

San Francisco (Italian Version) – Bobby Solo

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ポール・モーリア

花のサンフランシスコ (ポール・モーリア)

テレサ・テン(中国語)アルバムの1曲目

Teresa Teng Chinese Cutie Pop Collection vol II

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日本のカバー

石嶺聡子

石嶺聡子 花のサンフランシスコ

中村晃子

中村晃子 – 花のサンフランシスコ

高橋真梨子(ペドロ&カプリシャス)

ペドロ&カプリシャス/朱里エイコに収録されているはずだが、ネットではすぐに削除される。

花のサンフランシスコ
ペドロ&カプリシャス/朱里エイコ - Little Dynamite 朱里エイコ



夢の終わり

アメリカ全土を覆った若者たちのカウンター・カルチャーのムーヴメントは1969年夏のウッドストック・フェスティバルでその頂点を迎えるが、けっきょくコンサート会場は混乱とドラッグと犯罪と泥にまみれ、終わった跡にはゴミが散乱するばかりだった。

同じ年の暮れ、サンフランシスコ郊外のオルタモント・スピードウェイで行われたローリング・ストーンズのコンサートで、警備に雇われたヘルズ・エンジェルスのメンバーが観客のひとりを刺殺するという事件が起こる。世に言う「オルタモントの悲劇」である。

1970年10月、ジャニス・ジョプリンがヘロインのオーヴァードーズで世を去る。享年27歳という若さだった。

そうして夢は醒め、1960年代は終わりを告げる。

「優しい人たちに出会うだろう」と歌われたサンフランシスコ、今になって「San Francisco (Be Sure To Wear Some Flowers In Your Hair)」を聴けば、「サンフランシスコ」は単なる街の名でなく、アメリカの若者たちが新しい価値観のもとに新しい時代の創造を夢見ていた、あの時代そのものの象徴のように聞こえる。

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<歌詞>

If you’re going to San Francisco
Be sure to wear some flowers in your hair
If you’re going to San Francisco
You’re gonna meet some gentle people there

For those who come to San Francisco
Summertime will be a love-in there
In the streets of San Francisco
Gentle people with flowers in their hair

All across the nation
Such a strange vibration
People in motion
There’s a whole generation
With a new explanation
People in motion
People in motion

For those who come to San Francisco
Be sure to wear some flowers in your hair
If you come to San Francisco
Summertime will be a love-in there

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