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サーフ・シティ(Surf City)~Jan & Dean

Artist(English)
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はじめに

九ちゃんがビルボード1位になって一ヵ月後の63年7月にこの曲がトップに輝いた。
高校時代の友人同士でデュオを最初に組んだのが58年、その後ディーンの兵役で中断はあったものの、59年に再結成されて活動再開する。

サーフィンとロックンロールを結び付け、小気味よいテンポでリズムに乗った音楽といえば、今では誰でもビーチボーイズを思い浮かべるだろう。だがしかし、ビーチボーイズが彼らの最初の全米No1となった「I Get Around」は1964年7月のことだった。

Jan & Deanがこの曲で全米No1を獲得したのはその1年前ということになる。

ドゥーワップの影響が強いコーラスに重点を置いた曲作りは初期のビーチボーイズ等に影響を与え、交流の中でブライアン・ウィルソンに曲を依頼して生まれたのがこの曲。

Jan & Dean

結成当初

ジャン・ベリーとディーン・トーレンスは高校時代に知り合い、意気投合しデュオを組むことになった。

1958年彼らの知り合いの一人であったブルース・ジョンストン(1965年ビーチ・ボーイズ6人目のメンバーとなる)の提案でジャンを中心に作られたのが、ロサンゼルスの下町のストリッパーをヒントにした「Jennie Lee」という曲。

が、ディーンが高校を卒業し兵役に就いたことからグループ活動は一旦中断する。



兵役から復帰後の再結成

ディーンが兵役を終えロサンゼルスに戻るとグループを再結成した。ハーブ・アルバートやルー・アドラーと共に仕事をこなし、1959年ドアというレーベルと契約、「Baby Talk」などのヒット・ソングを生み出す。

黒人のドゥーワップの影響が強く、コーラスに重点を置き、独自のサウンドに仕上げたこの曲は、ビーチボーイズのデビュー曲「Surfin’」に影響を与えたといわれている。

またサイモン&ガーファンクルがトム&ジェリーと名乗っていた頃に、レコーディングした曲でもある。

その後チャレンジというレーベルから4枚のシングルを出し、1961年12月リバティというメジャーレーベルに移籍する。

リバティで最初のシングルは振るわなかったが、後のリバティ・サウンドの要となるスナッフ・ギャレットの手により、1963年数曲がリリースされた後、チャートでは28位と大健闘となったのが「Linda」という曲。

この曲は元々ジャック・ローレンスによって書かれた曲で、モデルとなったリンダとはジャックの友人の娘のリンダ・イーストマン(後のポール・マッカートニーの妻)のことである。

そんな「Linda」をフューチャーしたアルバム『Take Linda Surfin’』には、ブライアン・ウィルソンの曲が2曲収められており、そのバックにはビーチ・ボーイズが参加している。

この頃からジャン&ディーンとビーチボーイズの交流が始まったとみられる。

ジャン&ディーンとこの曲の出会い

ある日ジャン&ディーンの二人がブライアンのところに曲を依頼しに行った時の事。その時、ブライアンはピアノでチャック・ベリーの「Sweet Little Sixteen」を弾いていた。

ところが歌われている歌詞がチャックのものとは異なっていた。ジャン&ディーンは是非この曲を自分たちに歌わせてくれと頼んだが、ブライアンは「これはビーチボーイズの曲なので、別の曲をあげよう」といってピアノを弾きだしたのが、この「Surf City」という曲であった。

Jan & Dean(ジャンとディーン)

Jan & Dean – Surf City – 1963

 

Jan & Dean ~ Surf City (HQ)

サーフィンからホット・ロッド、そしてフォーク・ロックへ

ビーチボーイズとジャン&ディーンが中心となり、サーフィン、そして題材をカスタム・カーに求めたホット・ロッドが、1964年ビートルズ旋風上陸までの一大ムーブメントであった。

こうしてビートルズ旋風上陸後、アメリカ側からの回答とされたのがボブ・ディランの「Mr. Tambourine Man」をロック・ビートに変換し、1965年6月に全米No1としたバーズであった。この曲によりフォーク・ロックが新しいウェストコースト・サウンドとして支持を集めた。

こうした時代の変化に対し、ビーチ・ボーイズはフォーク・ロックを横目で見ながら独自の路線を進むが、ジャン&ディーンの2人にはそうしたパワーが無く、フォーク・ロックに迎合したようなアルバムをリリースしてその場をしのいだ。

しかしもうこの時代ベトナム戦争が社会に暗い影を落とし始めており、もはやサーフィン、ホット・ロッドの明るさは求められていなかった。

これは全米No1ヒットとなったバリー・マクガイアのプロテスト・ソング「Eve Of Destruction」が、60年代初頭サーフィン・バンドのメンバーとして活躍したスティーヴ・バリ、PFスローンにより制作された事実から明らかであろう。

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ジャンの交通事故

1966年4月、ハリウッドのビバリー・ヒルズでジャンは自動車事故で頭の骨を折り、意識不明の重体となった。

ジャンの入院・リハビリ費用を捻出するため、1966年5月ディーンはジャン&ディーン・レーベルを創設し、1枚のアルバムをレコーディングした。

ディーンが声をかけ集められたメンバーはベースがジョー・オズボーン、キーボードがラリー・ネクテル、ギターがジェームズ・バートン、ドラムがミッキー・ジョーンズという錚々たる顔ぶれ。

幻のアルバム

作られたアルバムのタイトルは「Save For A Rainy Day」としてジャン&ディーン・レーベルからリリースされた。

その後コロンビアからこのアルバムの音源を元に数曲を加えたアルバムが発売される計画があり、テスト盤まで作られながら発売中止となった。

これが後々まで幻の名盤とされる。しかし1996年CD化され、日本でも国内配給された。

2人のその後

ディーンは学生時代から志していたデザイナーに転身し、ジャケット・デザインでグラミー賞のジャケット・デザイン賞を受賞した。

ジャンは70年代には病状も徐々に回復し、新曲をリリースするなど音楽シーンに戻った。

1975年9月に「Fun City」のリリースで遂にジャンとディーンのコンビが復活。80年代には二人をモチーフにし、彼らが音楽を担当した映画「夢のサーフ・シティ」が公開された。

なおジャンは2004年3月に亡くなっている。

カバーセレクション

Ramones

Ramones – Surf City

Go-Go’s

Go-Go's – Surf city (All-Star Tribute to Brian Wilson 2001)

The Meteors

The Meteors Surf City

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日本のカバー

ダニー飯田とパラダイス・キング

ダニー飯田とパラダイス・キング  サーフ・シティ 1963 / Surf City

<歌詞>

Two girls for every boy

I bought a ’30 Ford wagon and we call it a woody
(Surf City, here we come)
You know it’s not very cherry, it’s an oldie but a goody
(Surf City, here we come)
Well, it ain’t got a back seat or a rear window
But it still gets me where I wanna go

And we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
You know we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun
Ya, we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
You know we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun, now
Two girls for every boy

You see they never roll the streets up ‘cause there’s always somethin’ goin’
(Surf City, here we come)
You know they’re either out surfin’ or they got a party growin’
(Surf City, here we come)
Well, with two swingin’ honeys for every guy
And all you gotta do is just wink your eye

Ya, we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
You know we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun
Ya, we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
Ya, we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun, now
Two girls for every boy

And if my woody breaks down on me somewhere on the surf route
(Surf City, here we come)
I’ll strap my board to my back and hitch a ride in my wetsuit
(Surf City, here we come)
And when I get to Surf City I’ll be shootin’ the curl
And checkin’ out the parties for a surfer girl

And we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
You know we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun
Ya, we’re goin’ to Surf City, ‘cause it’s two to one
Ya, we’re goin’ to Surf City, gonna have some fun, now
Two girls for every
Two girls for every boy

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