60年代

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Artist(English)

ヘンリー八世君(I’m Henry The Eight,I Am)~Herman’s Hermits

元々は10年からイギリスのミュージック・ホールのスター歌手ハリー・チャンピオンの持ち歌として歌われていた。歌詞の内容は隣の未亡人と結婚した男の話で、過去の7人の男が全員ヘンリーだったので自分が八番目のヘンリーさと歌っている。
A--E

恋はボサノバ(Blame It On The Bossa Nova)~Eydie Gorme

ボサノヴァが最先端の音楽としてアメリカに持ち込まれ、最初のブームになっていた頃に制作され、ボサノヴァを下敷きにしたポップスの古典ともいえる。グラミー賞にもノミネートされた全米7位の大ヒット。イーディ・ゴーメはスティーブ・ローレンスとおしどり夫婦として有名。
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リトル・ダーリン(Little Darling)~The Gladiolas,The Diamonds

イントロの歌い出しで「ヤ~、ヤーヤーヤヤ~」というファルセットで始まる所がとても印象的でコミカルな曲。軽快な曲調に加えて愉快なパフォーマンスが受けて大ヒットとなった。この曲のオリジナルは57年に全米11位になったThe Gladiolasであった。
A--E(T)

A Lover’s Concerto~The Toys,Sarah Vaughan

バッハのメエットだった原曲を米国の作者がポップス風に蘇らせた名曲。65年にガールズ・グループのトイズが歌い全米2位を獲得。日本ではサラ・ボーンのバージョンが定番となりCMやドラマの挿入歌として使われた。
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恋はスバヤク(Short On Love)~Gus Bakkas

ガス・バッカスは元々ピッツバーグ出身の米国人で、白人黒人混成グループThe Del-Vikingsのメンバーであり、57年頃数曲のトップヒットを放ち、その後独立したが不発。兵役で駐留中ドイツでソロ活動を始め、初のヒットがこの曲。しかも日本だけでのヒット。
A--E

ヒッピー・ヒッピー・シェイク(Hippy Hippy Shake)~Chan Romero,The Swinging Blue Jeans

オリジナルは59年のチャン・ロメロで多くのカバーが作られた。ビートルズのカバーも有名だが最もヒットしたのはこのスウィンギング・ブルー・ジーンズのバージョン。64年3月には全米24位。トム・クルーズの映画「カクテル」で使用されたのはジョージア・サテライツのバージョン。
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恋の特効薬(Love Potion No.9)~The Clovers,The Searchers

59年に全米23位までいったアメリカの黒人ドゥーワップ・グループのクローヴァーズの曲をリバプール出身のサーチャーズがカバーして65年1月全米3位を獲得。内容は恋と縁の無い若者がジプシー占いに作ってもらった怪しげな惚れ薬No9のたわいのない話。
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パサディナのおばあちゃん(The Little Old Lady from Pasadena)~Jan & Dean

お笑い色のあるグループ「ジャン&ディーン」の64年全米3位ヒット曲。真っ赤なドッジで通りを猛スピードで走るおばあちゃんの歌で「パサディナのおばあちゃん以上に意地悪な人はいない」と楽しく歌ってる。ザ・スパイダース「エレクトリックおばあちゃん」の元歌。
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パフ(Puff,the Magic Dragon)~PPM

アメリカのフォークソング・グループ、ピーター・ポール&マリー(PPM)による楽曲。日本では童謡として親しまれている。原題は「Puff,the Magic Dragon」内容は不老の竜パフと少年ジャッキー・ペーパーとの交流と別れを描いている。米国ではドラッグ・ソングと曲解されたこともあったが、作詞者が強く否定した。
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サティスファクション(I Can’t Get No Satisfaction)~The Rolling Stones

64年にビートルズが米国で大ブレイクし、ブリティッシュロックグループが続々米国上陸を成功させる中で、ローリング・ストーンズは順調ではなかった。米国でのヒットがないままデビュー直後に全米ツアーを敢行したものの、殆どの会場はガラガラだったという。その後も地道な活動を続けるうちに65年のこの大ヒット曲が生まれ、多くのロックバンドがカバーするロックの定番曲となった。
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