70年代

A--E

【スキャットに注目が集まり再録音】ふたりの天使|ダニエル・リカーリ

69年にサン・プルーが弱冠19歳の時に、音楽フェスティバル参加のため滞在中だったポーランドで作曲したもの。当初はリカーリの曲ではなく、名前の扱いは小さかったが、スキャットが強い印象を与えてリカーリ名義で再録音された。すべてのバージョンを含め世界中で1500万枚が売れた。
Artist(English)

【心にしみる】やさしく歌って|ロバータ・フラック

ロバータ・フラックは72年に「愛は面影の中に 」が全米1位の大ヒットを記録し、グラミー賞最優秀レコード賞を受賞し、続けて73年にはこの曲によりグラミー賞最優秀レコード賞を含む3部門で受賞した。オリジナルは72年8月女性シンガーのロリ・リーバーマン。
A--E(T)

悲しみのアンジー(Angie)|ローリングストーンズ

ローリング・ストーンズ-にしては珍しいアコースティック・ギターをフィーチャーしてしっとりと聞かせるスローバラードの名曲。全英5位、バンドにとって7作目の全米1位の大ヒット。PVが制作されたが、ヴォーカルのテイクが異なる2種類のフィルムが存在する。
A--E(T)

【日本で冒頭を勝手にカットした】霧の中の二人|マシュマッカーン

カナダの男性4人グループマシュマッカーンは、60年にカナダのモントリオールで結成された。この「霧の中の二人」はリーダーでボーカル担当のピエール・セネカルの作品。この曲は日本で勝手にオリジナル版を修正して、GSサウンドのような曲が大いに受けた。
Artist(English)

【ブロンソンのCM】マンダム~男の世界|ジェリー・ウォレス

チャールズ・ブロンソンは当時主演作が続けてヒットするなど絶頂期にあった。寡黙なイメージの役柄が多く、三船敏郎のビールCMと通じるものを感じる。当時の男性の価値観に少なからぬ影響を与え「ザ・ブロンソンズ」が男気を標榜する原点ともなった。
A--E

ダンシングクィーン(Dancing Queen)|アバの代表曲

「ダンシング・クイーン」は76年6月のグスタフ16世の結婚披露宴で初めて歌われ国営放送でその模様が放送された。ビルボードでは77年4月に1位を獲得。全英では76年9月から6週連続1位を記録した。原題「Dancing Queen」数多くの世界的ヒットを飛ばしたABBAであったが全米1位を獲得したのは不思議にこの曲1曲のみであった。歌詞とサビの抄訳。
A--E(T)

愛がすべては甘く洗練された黒人コーラス|スタイリスティックス

73年のサード・アルバム「ロッキン・ロール・ベイビー」に収録された「誓い(You Make Me Feel Brand New)」は彼らの最大のヒットとなった代表曲である。ところがこの直後にプロデューサーが代わり74年以降はディスコ系イージー・リスニングに路線変更となった。それまでのソウル・ファンが離れたことで本国では人気が下降線となった。6枚目のアルバム「サンキュー・ベイビー」に収録されたのがこの「愛がすべて」原題は「Can’t Give You Anything (But My Love)」イギリスでは1位を獲得し日本でもヒットしたが、本国アメリカでは51位までだった。
A--E

幸せの黄色いリボンは新聞コラムを元にした曲|ドーンDawn

この曲の内容はニューヨーク・ポスト紙のコラムに掲載された話を元にしている。刑期を終えて出所した男がバスに乗って妻のいる家に帰ろうとする。もし妻が待っているなら庭の木に黄色いリボンを結んでくれるはずだが、なければ・・・という内容である。親しみやすいメロディーとともに、この歌詞が人々の共感を呼び大ヒットにつながった。日本でも山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」のモチーフとなったことは有名である。
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