Dusty Springfield

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行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第4章(完)~Jacques Brel,Dusty Springfield

1967年のアルバム「Where Am I Going?」、1969年に発表された歴史的名盤「Dusty In Memphis」、黒人音楽を本当に理解し、同格の魂を感じる音楽ができる人「ブルー・アイド・ソウル」として、黒人たちから理解と尊敬の念で迎えられたアーティスト
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行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第3章~Jacques Brel,Dusty Springfield

フランス語(Mari Trini,Maysa,Nina Simone,Sting,)ドイツ語(Mariene Dietrich)イージーリスニング(Paul Mauriat)
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行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第2章~Jacques Brel,Dusty Springfield

Julio Iglesias(仏語)、Shirley Bassey、Brenda Lee、Barbra Streisand、Frank Sinatra、Tom Jones、Glen Campbell、Scott Walker、Patricia Kaas
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行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)~Jacques Brel,Dusty Springfield

フランス・シャンソン界の大御所ジャック・プレル59年の作品。本人の汗をかきながらの熱唱は必見の価値がある。ダスティはシンガーとしてだけではなく、広く視線を外国の音楽にも配り優れた楽曲を発掘するという、プロデューサー的な役割を果たしていた。
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サニー(Sunny)~Bobby Hebb

シンガーソングライターのボビー・ヘブが66年に放ったヒット曲。ボビーの兄ハルが63年11月強盗に襲われ帰らぬ人となった。ボビーはその亡き兄の思い出を1曲の歌にした。それがこの「SUNNY」という曲。だが後日ボビー本人は兄の死との関係を否定している。
Artist(English)

Will You (Still) Love Me Tomorrow~ザ・シュレルズ(The Shirelles)

黒人系のガールグループが台頭し、60年代前半黄金時代を築いた中で全員が高校の級友で57年結成のシュレルズが登場。60年11月21日から2週連続全米1位。ゴフィン&キングの名コンビ作品。ビートルズやアニマルズ等白人後続グループにも大きな影響を与えた
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(2/2ページ)この胸のときめきを(You Don’t Have To Say You Love Me)~Dusty Springfield

カバーセレクション、Tom Jones等5曲、イージーリスニングRaymond Lefevre等5曲、日本語カバー布施明等10曲、<歌詞>
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二人だけのデート(I Only Want To Be With You)~Dusty Springfield

63年11月発売のダスティのデビュー曲でいきなり全英4位のみならず全米5位の大ヒット。結果アメリカでミリオンセラー、ゴールド・ディスク。英国で自身のテレビ番組まで持つようになり、その番組の特番としてダスティはモータウン特集を企画し、この贅沢な特別番組にはキラ星のごとくモータウンのスターが勢揃いした。
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この胸のときめきを(You Don’t Have To Say You Love Me)~Dusty Springfield

サンレモ音楽祭に参加したダスティは、イタリア語がわからなかったにもかかわらず、この歌に涙を流すほど感動し、ソングライターの一人ピーノ・ドナッジョに是非レコーディングさせてほしいと申し出た。原詞をあまり気にしないで出来たのがこの曲の英語詞。出来上がった曲は翌日録音され1966年5月発売。
Artist(English)

恋と涙の17才(You Don’t Own Me)~Lesley Gore

歌詞の内容は「私は貴方の所有物じゃないの」と歌うポップス史上初のウーマンリブソングで邦題から受けるイメージとは全く異なっている。(実際の女性解放運動がアメリカで台頭するのは10年以上遅れる)お嬢様風の彼女がウーマンリブ的な曲を歌う意外性が斬新な企画であった。
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