Tom Jones

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A--E

思い出のグリーングラス(Green,Green Grass of Home)~Curly Putman,Tom Jones

日本でも森山良子のカバーで大ヒットしたこの曲のオリジナルは死刑囚のことを歌っている。久しぶりの我が家に帰るために列車から降りたらパパとママが迎えに来て我が家の庭には昔遊んだ枝もそのままの木がある…心癒される場面は死刑囚の夢で執行官の足音が聞こえるという内容
Artist(English)

サティスファクション(I Can’t Get No Satisfaction)~The Rolling Stones

64年にビートルズが米国で大ブレイクし、ブリティッシュロックグループが続々米国上陸を成功させる中で、ローリング・ストーンズは順調ではなかった。米国でのヒットがないままデビュー直後に全米ツアーを敢行したものの、殆どの会場はガラガラだったという。その後も地道な活動を続けるうちに65年のこの大ヒット曲が生まれ、多くのロックバンドがカバーするロックの定番曲となった。
Artist(English)

ホワッド・アイ・セイ(What’d I Say)~Ray Charles

ダンスパーティで余った時間を埋めるために演奏したのが始まり。ほぼ一つのリフだけが繰り返され、それをレイが艶やかに装飾し、喘ぎ声のやり取りが繰り返されるクライマックスで、女性コーラスがオーガズムへと導く。これはゴスペルの手法を導入したもの。
Artist(English)

ヴィーナス(Venus)~Shocking Blue

メンバーのロビーとマリスカは人種差別主義者で日本での成功を快く思っておらずオランダの音楽雑誌で「日本人は金を持っている猿に過ぎない」と発言している。ショッキング・ブルーは67年~74年に活動していたオランダ出身のロックバンド。70年に全米1位となった。
A--E

行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第4章(完)~Jacques Brel,Dusty Springfield

1967年のアルバム「Where Am I Going?」、1969年に発表された歴史的名盤「Dusty In Memphis」、黒人音楽を本当に理解し、同格の魂を感じる音楽ができる人「ブルー・アイド・ソウル」として、黒人たちから理解と尊敬の念で迎えられたアーティスト
A--E

行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第3章~Jacques Brel,Dusty Springfield

フランス語(Mari Trini,Maysa,Nina Simone,Sting,)ドイツ語(Mariene Dietrich)イージーリスニング(Paul Mauriat)
A--E

行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)第2章~Jacques Brel,Dusty Springfield

Julio Iglesias(仏語)、Shirley Bassey、Brenda Lee、Barbra Streisand、Frank Sinatra、Tom Jones、Glen Campbell、Scott Walker、Patricia Kaas
A--E

行かないで(If You Go Away”Ne Me Quitte Pas”)~Jacques Brel,Dusty Springfield

フランス・シャンソン界の大御所ジャック・プレル59年の作品。本人の汗をかきながらの熱唱は必見の価値がある。ダスティはシンガーとしてだけではなく、広く視線を外国の音楽にも配り優れた楽曲を発掘するという、プロデューサー的な役割を果たしていた。
A--E(T)

太陽のあたる場所(A Place In The Sun)~Stevie Wonder

1962年の夏に”盲目の天才少年”のキャッチフレーズと共に12歳にしてレコードデビュー。66年にボブ・ディランの「風に吹かれて」をヒットさせた頃からクロスオーバー感覚が現われ、「太陽のあたる場所」など決してソウルっぽくはないヒット曲を出す。
A--E(T)

悲しき慕情(Breaking Up is Hard To Do)~Neil Sedaka

ニール・セダカは60年代初頭と70年代半ばにキャリアのピークを二つ持っているが、そのそれぞれの時期に同じ曲を異なるアレンジで全米TOP10に送り込むという離れ業を達成している。ところが日本では彼の作品の中でも認知度が低く、むしろカーペンターズのカヴァーの方が知られている。
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