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花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone)~Pete Seeger,The Kingston Trio

Artist(English)
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はじめに

世界で最も有名な反戦歌とも言われる。アメリカンフォークの父と形容されるピート・シーガー作詞作曲で彼の代表曲である。「花はどこへ行ったの」と訳されることもある。原題は「Where Have All The Flowers Gone」

ピート・シーガーが生み、キングストン・トリオとPPMが育てた名曲

55年ピート・シーガーが歌詞はロシアの作家ミハイル・ショーロホフ「静かなドン」のコザック民謡にヒントを得て、これに曲をつけて作った。この時の歌詞は3番までだったが、その後61年にジョー・ヒッカーソンが4番と5番の歌詞を付け加えた。この加筆により反戦歌の色彩が鮮明になったと言われる。

61年キングストン・トリオが録音したものが62年に全米21位を獲得するヒットとなった。62年にはPPMもカバーし、こちらもヒットした。これ以降この曲は反戦歌として広く親しまれるようになった。

ヒットと共に反戦歌の色彩が強まった

「花はどこへ行った、少女が摘んだ」と歌う1番に始まり、「少女はどこへ行った、男たちのもとへ嫁いでいった」、「男たちはどこへ行った、兵士となって戦場へ行った」、「兵士はどこへ行った、死んで墓に入った」、「墓はどこへ行った、花で覆われた」と続いて1番に戻る、見事な構成の歌詞になっている。

62年にヒットした時にはキングストン・トリオもPPMも明確なベトナム反戦歌として歌っていたわけではなく、漠然とした戦争反対程度の感覚だったようである。だが転機となったのは68年の「テト攻勢」で泥沼化する戦争の悲惨さが報道されるようになり、アメリカ世論は劇的に反戦に転換する。68年3月海軍基地で兵士たちがこの曲を歌う様子が放映され、ベトナム反戦のテーマソングとして決定的になった。

この曲を初めて外国語で歌ったのは女優マレーネ・ディートリッヒであった。ナチスに反発してドイツを捨てアメリカに渡った彼女は第2次世界大戦で連合軍を慰問してドイツからは裏切り者と呼ばれた。戦後ドイツに帰国した際にも激しいデモで迎えられた。この曲をドイツ語で歌ったことがドイツ人への挑発と受け取られ非難の的になりながらも、歌い続けたのは祖国を失った自分自身の悲しみをこの歌に投影したと受け取られている。

戦争や社会の様々な問題をフォークソングに乗せて、数多くのヒットを生み出したシーガーは55年マッカーシズムが吹き荒れ「赤狩り」が行われる中、喚問される。音楽活動が出来ない状況に追い込まれ、絶望の淵に立たされたまさにその年にこの曲は生みだされた。

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ピート・シーガーの歌声と映像

Pete Seeger

Pete Seeger: Where Have All the Flowers Gone?
Pete Seeger-Where Have all the Flowers Gone

93年ライブ

キントリとPPMの歌声と映像

The Kingston Trio

THE KINGSTON TRIO ~ Where Have All The Flowers Gone ~
Where Have All The Flowers Gone by the Kingston Trio 1962

アンディ・ウィリアムズショーで歌うキントリ

Andy Williams presents The Kingston Trio (Year 1966)
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Mary Travers & The Kingston Trio

Mary Travers & The Kingston Trio – Where Have All The Flowers Gone (Kingston Trio & Friends Reuni

PPM

ピーター・ポール&マリー(PPM)/花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone)

25周年コンサート(1986年)

Peter, Paul and Mary – Where Have All the Flowers Gone (25th Anniversary Concert)



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