A--E

ラ・ノビア(La Novia)~Antonio Prieto

ホアキン・プリエートが作詞作曲し、彼の弟で歌手兼俳優のアントニオ・プリエートが61年にスペイン語で歌ってヒットさせた。その後イタリアに伝わりトニー・ダララ等で大ヒット。日本ではいち早くブラジルからみやげ曲として持ち帰ったペギー葉山等により大ヒットとなった。
Artist(English)

I Saw Her Standing There~Paul McCartney

米国では「抱きしめたい」のB面、全米で14位を獲得。日本では「フロム・ミー・トゥー・ユー」のB面。ビートルズ解散後、各メンバーもライブでこの曲を歌っている。しかし実質的に作者ポールの演奏が素晴らしい。なかでも99年12月英国CAVERNクラブでの演奏はDVDで残されているし、永遠に後世に残されるべき。
A--E

ラストワルツ(The Last Waltz)~Engelbert Humperdinck

「キング・オブ・ロマンス」と称される魅惑のベルベット・ヴォイスの持ち主で女性を中心に絶大な人気を誇ったエンゲルベルト・フンパーディンクの歌で67年に全英1位、全米25位。失恋した男性が彼女を忘れられず、最初の出会いでワルツを踊った思い出に浸り、その諦めきれない気持ちを、叙情的に歌い上げている。
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Artist(English)

モナリザ(Mona Lisa)~Nat King Cole

アラン・ラッド主演の映画「別働隊」(50年)の挿入歌でアカデミー歌曲賞を受賞。50年に8週連続全米1位となり、コールはジャズからポップスに活動の軸足を移した。その後86年にニール・ジョーダン監督がこの曲をテーマに映画「モナ・リザ」を発表。
Artist(English)

太陽の彼方に(Movin’)~The Astronauts

エレキ・ブームの前兆はオリンピックを目前に控えて、日本中が躁状態だった1964年夏「太陽の彼方」のヒットから始まるサーフィンブームにあった。ビートルズがアメリカで人気爆発中の時、日本ではなぜかアメリカで無名だったアストロノーツの曲が大ヒットしていた。
A--E(T)

ダンシング・イン・ザ・ストリート(Dancing In The Streets)~Martha & The Vandellas

女性コーラス・グループのマーサ&ザ・ヴァンテラスが64年に発表した全米2位のヒット曲。その後に登場するスプリームスに比べ日本での知名度は低い。彼女たちはそのパワフルな歌声とノリの良い曲で、たちまちのうちにモータウン・レコードのトップの座へと登りつめた。
A--E

太陽を探せ(Keep Searchin’)~Del Shannon

61年から立て続けにヒットを連発していたシンガー・ソングライターのデル・シャノンだが、ビートルズ旋風によりやや人気に影を差し始めた65年のヒット曲「太陽を探せ」。覆面バンドのロイ・オービソンの後継と見られていた1990年2月に謎の自殺。
A--E

ブルーレディに紅いバラ(Red Roses For A Blue Lady)~Vaughn Monroe,Bert Kaempfert

40年代から何度もヒットを重ね、65年には3つの競作がヒット。中でもベルト・ケンプフェルトのリバイバルヒットが決定版。歌の内容は“僕たちは些細なことで喧嘩してしまった。紅いバラの花が彼女の悲しみを消してくれるといいな”“結婚に持ち込めたら(白い)蘭の花を買いに来るよ”
A--E

思い出のグリーングラス(Green,Green Grass of Home)~Curly Putman,Tom Jones

日本でも森山良子のカバーで大ヒットしたこの曲のオリジナルは死刑囚のことを歌っている。久しぶりの我が家に帰るために列車から降りたらパパとママが迎えに来て我が家の庭には昔遊んだ枝もそのままの木がある…心癒される場面は死刑囚の夢で執行官の足音が聞こえるという内容
Artist(English)

スターダスト(Stardust)~Hoagy Carmichael,Nat King Cole

1927年ホーギー・カーマイケルにより作曲された。31年、ルイ・アームストロングによって初めて歌われ、以後ジャズの名曲として数多くの名演が作られた。日本ではTV番組「シャボン玉ホリデー」のエンディングにザ・ピーナッツの歌うこの曲が流れるのが決定版
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