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A--E(T)

ナオミの夢(Ani Holem Al Naomi)~Hedva & David

イスラエル軍出身のデュオグループが第1回東京国際歌謡音楽祭に出場しグランプリを獲得。レコード会社が帰国直前の2人を引き止め、日本語の歌詞を覚えさせて1週間でレコーディング。これが大ヒットとなり、オリコンで71年4月から5月にかけ4週連続1位
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雪が降る(Tombe la neige)~Salvatore Adamo

越路吹雪がカヴァーした「サン・トワ・マミー」がヒットしていた67年にアダモが初来日公演し、相乗効果でアダモブームが起こった。63年に仏・ベルギーでヒットしたが日本では未知の曲「雪が降る」に、69年末安井かずみが日本語の歌詞をつけると大ヒット
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サン・トワ・マミー(Sans Toi Mamie)~Salvatore Adamo

62年11月発表した「サン・トワ・マミー」が63年ベルギーで大ヒット。ベルギーの国民的歌手となる。詞はアダモ自身の少年時代の経験がベースになり、失恋しても諦められない気持ちが描かれている。日本では岩谷の詞で歌う越路吹雪で知った人が多い。
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ラストダンスは私に(Save The Last Dance For Me)~The Drifters

白人ブルース歌手出身のドク・ポーマスが作り60年にこれが全米1位の大ヒット。自身の結婚式に花嫁と来賓たちとが手を取り合い踊る姿を見て、この歌詞が浮かんだ。日本では越路吹雪の代表曲として61,63年の2回紅白で歌われた。オリジナルはドリフターズ
A--E

オー・シャンゼリゼ(Les Champs Elysees)~Daniele Vidal

オリジナルは69年イギリスのサイケバンドが歌ったもの。70年ウォータールー通りをシャンゼリゼ通りに移し替えてフランス語に翻案した歌詞の第2弾がフランスでヒットも日本では不発。3度目の正直としてビダル版がシングルカットされたのが、71年7月。
A--E

天使のらくがき(Aime ceux qui t’aiment)~Daniele Vidal

70年18歳金髪碧眼で小柄な愛らしい容姿で日本で人気が出た契機となったのが、ロシアの歌手が歌っていた曲にフランス語の歌詞をつけたカバー「天使のらくがき」の日本でのヒット。彼女はフランスでの下積み生活が長く苦労し、やっと日本でチャンスを掴んだ。
A--E

モア(More)~Andy Williams

映画が完成した後にタイトルがつけられたため、オリジナルサントラには『MORE』という表記は無い。イギリス公開時に音楽面からテコ入れという目的で曲名が後付けされた。独立した曲として最初に録音したダニー・ウィリアムス盤が大ヒット。その後続々とカバー盤が続いた。
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(2/2ページ)マイ・ウェイ(My Way)~Frank Sinatra

クロード・フランソワが67年に作詞して歌った「マイ・ウェイ」の原曲。原詩はなんともサエない感じの尻に敷かれた寂しい夫の物語で恋人だったアイドル歌手フランス・ギャルとの破局から生まれた曲。デヴィッド・ボウイ、プレスリー、シド・ヴィシャスの異色カバー。
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マイ・ウェイ(My Way)~Frank Sinatra

67年のフランス語の歌にポール・アンカが原曲とは全く無関係な内容の英語の詩をつけてシナトラに贈ったのがこの曲。世界的なヒットとなり、カバーされた回数は史上2位。歌詞の内容は「年老いた老人が、病床の死の間際に自分の人生を振り返る歌」で邦訳とは全く異なる。
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ゲーム・オブ・ラブ(The Game Of Love)~Wayne Fontana & The Mindbenders

リーダーでボーカルのウェイン・フォンタナの英国グループが63年7月からレコードを出すも鳴かず飛ばずの状態であったが、65年に全米1位を獲得した。しかし後が続かずフォンタナは脱退してソロ活動し、残ったメンバーはその後も活動を続け人気グループ10CCへと発展
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