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【カマカマダンドゥビドゥダンダン】悲しき慕情|ニール・セダカ

ニール・セダカは60年代初頭と70年代半ばにキャリアのピークを二つ持っているが、そのそれぞれの時期に同じ曲を異なるアレンジで全米TOP10に送り込むという離れ業を達成している。ところが日本では彼の作品の中でも認知度が低く、むしろカーペンターズのカヴァーの方が知られている。
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【ラジオのチャリティから全米1位】ヘイ・ポーラ|ポール&ポーラ

当時大学生だったポールの住む下宿屋の主人の姪のポーラがラジオのチャリティショーに出るために誘われ、急造のペアで歌ったこの歌が地元のDJに気に入られレコーディングされた。発表後6週間の63年2月には全米第1位。日本では2組のカップルで競作となった。
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【エリーゼのためにが原曲】情熱の花|カテリーナ・ヴァレンテ

ベートーヴェンの「エリーゼのために」をアレンジしてBボトキンらによって作られた。57年にアメリカのフラタニティ・ブラザーズが録音したがアメリカではヒットせず翌58年にイタリアで大ヒット。59年にフランス語でイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが歌い、これが日本でも大ヒット。
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【36年のミュージカルが原曲】10番街の殺人|ザ・ベンチャーズ

アルバムチャートに24週連続でランクインし続けた「ノック・ミー・アウト」に収録され、シングル先行発売されたこの曲は64年10月に全米35位。65年の来日で日本に大エレキブームを巻き起こしたザ・ベンチャーズヒットの中でもこの名曲は36年初演ミュージカルをルーツとする。
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【本邦公開時に上書きされた】夜霧のしのび逢い|クロード・チアリ

64年「ひとりぼっちの浜辺」というヒット曲をCチアリがカバーし、世界的ヒットとした。輸入された映画フィルムにはこのテーマ曲は影も形もなく、65年の公開時タイトルバックとエンディングにクロード・チアリの演奏をサウンド・トラックに貼り付け、「夜霧のしのびあい」という邦題でレコードがリリースされた。
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【軍隊慰問中の即興で生まれた】夜空のトランペット|ニニ・ロッソ

イタリアトリノ出身のトランペット奏者兼作曲家ニニ・ロッソは60年代に最も活躍したがその最大のヒット曲が64年のこの曲。イタリアのミュージカル映画に彼がトランぺッターとして出演した際にも使用され、世界各国で大ヒットし、100万枚以上を売り上げた。
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【Gピットニーが共作者】ハロー・メリー・ルー|リッキー・ネルソン

1957年から72年にかけてのリッキー・ネルソン人気のピーク61年5月に出たのがこの曲。A面が「トラベリング・マン」という全米1位を獲得した曲のB面であったが、こちらも全米9位。ジェームズ・バートンのギター・ソロが盛り込まれており、後のギタリストたちによってしばしば引用された。
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【毒を含んだ皮肉の原詩】夢みるシャンソン人形|フランス・ギャル

65年歌手であるセルジュ・ゲンズブールのプロデュース・作詞・作曲でこの曲が大ヒット。その後60年代後半に一度姿を消すが、70年代に入って復活。歌詞にはかなりの悪意というか毒を含んだ皮肉が込められているという。彼女は後年このことに気づいて以来この曲を歌うことを好まなかった。
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【イタリア初のミリオンヒット】ほほにかかる涙|ボビー・ソロ

女優のカトリーヌ・スパークが作曲したことで話題になったカンツォーネ。イタリアで初めてのミリオンヒットとなった。ボビーは自他共に認める“エルヴィス・フリーク”で、歌唱力も抜群にあった。ボビーは一躍イタリア歌謡界のスターダムに伸し上った。この曲のヒットにより同名映画にも主演した。
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【サンレモ音楽祭優勝曲】夢みる想い|ジリオラ・チンクエッティ

64年、16歳の時にサンレモ音楽祭で「夢みる想い」 を歌い優勝、ユーロビジョン1964 に同じ曲で臨み、イタリアからの出場者としては初の優勝。日本では、ボビー・ソロと共に本国イタリアを凌ぐ人気となり、日本語の録音も残している。また、伊東ゆかり、弘田三枝子などが彼女の曲をカヴァーしている。
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