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【人気FM番組テーマ】ミスター・ロンリー|ボビー・ヴィントン

この曲を書いたのはボビーが軍隊にいた時。「涙の紅バラ」を録音したとき、他の自作曲を求められ、披露して気に入られた。ところがこの曲は他のアーティストに歌わせ、ボビーの音源はお蔵入り。ボビーのベストアルバム企画時に、自身の強い求めで入れたところ大きな反響があってシングル化され、その結果4番目の全米1位。
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【米国7位日本1位】君はわが運命|【草創期代表】ポール・アンカ

ポール・アンカが作詞・作曲し、自ら歌った楽曲。1957年12月に発表され、アメリカ合衆国で7位まで上昇し、日本でもABCパラマウントから『ダイアナ』のB面としてリリースされ、こちらも爆発的な支持を受けると『ダイアナ』に入れ替わってトップの座に輝いた。
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【イントロ】恋の売り込み|【人気子役から歌手】エディ・ホッジス

59年アイズレー・ブラザーズのオリジナルを人気子役だった14歳のエディ・ホッジスが61年にカバーしてデビューし全米12位に。日本では伊東ゆかりのカバーが大ヒットし、東京事変も。イントロは印象的なドアのノック音とベルの音。歌詞と和訳 カバー曲の動画
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【ツイストブーム絶頂時】Let’s Twist Again|チャビー・チェッカー

60年と61年の2度全米1位に輝いたThe Twistには及ばないが、ツイストブームが最高潮に達した61年に発売されたこの曲は全米8位を獲得した代表曲。62年グラミー賞を受賞し66年までに32回もチャートイン。いくつもの映画に出演している。動画はカバー含め多数、歌詞付
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【オリジナルとカバー曲】恋のダウンタウン|ペトゥラ・クラーク

米国進出前は英仏を拠点に活躍していたため、世界的ヒットとなった「恋のダウンタウン」はそれぞれのバージョンを発売した。日本でも大ヒットし多数のカバーが出たが現在アップされているのは限定的。映画では「17歳のカルテ」「プラハ!」などで使われた。
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恋のダウンタウン|【プロフィール】ペトゥラ・クラーク

ハッチは手持ちの新曲を持参してペトゥラの許を訪れたが、彼女のお気に召す曲はない。苦し紛れに別の用途で書きかけの曲を聴かせると、彼女の好反応。こうして出来上がったのが「恋のダウンタウンDown Town」。全米1位・グラミー賞だけでなく世界的スーパースターに。
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ツイストNo.1|【日本では藤木孝】チャビー・チェッカー

58年ハンク・バラード&ミッドナイターズ のオリジナルを60年チャビー・チェッカーが改題してカバーし、これが全米1位となる。これが契機となり世界中にツイストブームを巻き起こし再び62年に全米1位を獲得するという前代未聞の快挙となった。日本では藤木孝がツイスト男としてスターに。
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哀しみのソレアード|ダニエル・センタクルツ・アンサンブル

14世紀後半にイタリアで作られたものが原曲となり、72年にイタリアのグループ「ダニエル・センタクルツ」により作曲された。これが74年にヨーロッパで器楽曲として大ヒット。この曲の持つ魅力的なメロディーは歌手たちを魅了し、英語やフランス語の歌詞が付けられた。
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【イスラエルのコーヒーCM曲】ナオミの夢|ヘドバとダビデ

イスラエル軍出身のデュオグループが第1回東京国際歌謡音楽祭に出場しグランプリを獲得。レコード会社が帰国直前の2人を引き止め、日本語の歌詞を覚えさせて1週間でレコーディング。これが大ヒットとなり、オリコンで71年4月から5月にかけ4週連続1位。ヘブライ語歌詞付。
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【多言語で歌い世界的ヒット】雪が降る|サルバトーレ・アダモ

越路吹雪がカヴァーした「サン・トワ・マミー」がヒットしていた67年にアダモが初来日公演し、相乗効果でアダモブームが起こった。63年に仏・ベルギーでヒットしたが日本では未知の曲「雪が降る」に、69年末安井かずみが日本語の歌詞をつけると大ヒット
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